ひゅーひゅーと喉が鳴る。緊張し過ぎて息が上手く吸えていないようだ。机の隅に置いた筆記用具と時計を見つめながら、私はぶるぶると震えていた。
今日は総北高校の入試の日だ。
めちゃくちゃな難関高校ではないからお前の成績なら大丈夫だ、と昨日担任に言われた事を思い出す。けれど、入試というのは残酷だ。ちょっとへまをしたら、それが命取りになる。安全圏の判定をもらっていたとしても油断は出来ない。
そんな事を朝起きた時から考えてしまって、私は半端なく緊張してしまっていた。緊張し過ぎて家の階段で転びそうになったり、口に入れようとしたトーストが鼻にぶつかったり、友達への挨拶を噛んだり、試験教室のドアにぶつかったりした。自分でも分かっている、これは末期だ。
はぁ、とため息をつく。が、そのため息すら上手く吐けずにまたひゅーひゅーと喉が鳴った。水筒の中のお茶を飲んでみたが、そのまま喉を通り過ぎて胃に落ちていく。喉が潤った感じは全くしない。かたかたと震える手で水筒を鞄に戻そうとすると、がた、と水筒が倒れて隣の席にころころと転がっていった。

「あ……」

水筒に向かって手を伸ばしても、腕が短い所為か水筒には触れる事が出来ない。体を傾けてみるが、それでも指先が触れるか触れないかというくらいだ。
どうしようと考えていると、ひょい、と水筒が持ち上げられた。

「あ」

持ち上がった水筒は、私の手の中に収まる。
水筒に添えられた私以外の手を視線で辿ると、隣の席の男の子と目があった。顔が半分くらい髪で隠れていて、表情が読みとれない。
ありがとうございます、と言おうとしたら、ひゅー、とまた音が鳴る。こんな時まで……と自分の緊張ぶりを心の中で笑う。そして何回か咳き込み、なんとか隣の席の男の子にお礼を言った。

「……」

男の子は無言。でも無視された訳じゃなく、こくん、と頷いてくれた。無口な人なのかな、と思っていると、その子は鞄をごそごそと漁り始めた。何をしているんだろう、とぼんやりと見つめていると、鞄からは小さな包みが出てくる。そしてそれを、私に無言で差し出してきた。

「わ、私に?」

今度は音は鳴らなかったが、掠れた声になった。男の子はやはり無言で、こくこくと頷く。手を差し出すと、手のひらにちょこんとその包みを置かれた。手のひらのそれを覗き込むと、シロクマの絵が印刷されているトローチだった。

「これ、」

どうしてくれたの?という言葉を吐き出す前に、初めて男の子が喋った。小さな遠慮がちの声だが、意外と聞こえやすい。

「喉、調子悪そうだから」
「……でもこれ、君のだよ」
「親に念のために渡されたやつだから、いい」

それだけ言って、男の子は前を向く。言いたいことは色々あったのだが、有無を言わせない態度のように見える。緊張で喉がカラカラなのは確かだから、男の子の優しさに甘えて、トローチを包みから出して舐めた。お茶とは違い、何となくだけれど喉に効いている気がする。
緊張はまだしているけれど、喉の調子が少し良くなった分、気が楽になる。見ず知らずの人にトローチをくれるなんて優しいなぁ、と思って男の子にお礼を言うと、どういたしましてとかそういう言葉は無く、ほんの少しだけ口角を上げてこう言った。

「お互い、受かると良いな」

その言葉に、きゅんとした。
うん、と少し前のめり気味に答えると、男の子はまたこくこくと頷いた。

試験監督の先生が試験教室に入ってきて、私はやっと手に持ったままだった水筒を鞄にしまう。
そして、少し趣味が悪いとは思いつつも、隣の席の受験票をちらりと覗いた。
……青八木くんって名前なんだ、この男の子。
一緒に受かって同じクラスになれると良いなと思いながら、配られた国語の解答用紙を見つめた。

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