「巻島くんてさ、アレだよね。何かのお姫様に似てない?」

ふと思いついたことを口に出してみると、巻島くんは「ハァ?」と素っ頓狂な声を上げてみせた。彼が持っていたシャーペンはぽろりと机の上に落ちて、補習中の教室という静かな空間の中で思いの外響く。変な事を言ったかなと聞くと、巻島くんはシャーペンを握り直しながらぶんぶんと首を縦に振った。

「そんなに変?」
「変に決まってるショ」

巻島くんは早口で、何を言っているんだと言いたげに返してくる。そんな風に即答されてしまえば、私はぷくっと頬を膨らませる他ない。膨らませてみせたところで、巻島くんの意見が変わるわけではないのだけれど。
確かに男の子に「お姫様に似てる」なんて言うのは変かもしれない。けれどこちらとしては、それなりに褒めたつもりの言葉なのだ。だって巻島くんの髪は日本人らしくない色をしていて、とても長くて、それでいて綺麗で。確か、そんなディズニープリンセスがいたはずなのだ。引かれるのも覚悟でそう言ってみると、彼は一考したあとに「あー、」と呟く。どうやら彼も私と同じで、思いあたる節があるようだった。

「何だっけアレ、囚われた姫が塔から髪を垂らすやつ?」
「そうそう。巻島くんそのお姫様に似てない?」
「髪が長いことしか共通点ないだろ……」

巻島くんはそう言って苦笑いをしてみせた。巻島くんは何故か、笑顔より苦笑が似合う人だった。
補習中とはいえ、受けているのは私と巻島くんだけだ。お互い成績が悪いわけではないけれど、私は不得意科目で人生初めての赤点を取ってしまいこの教室にいて、巻島くんは「単位の早期取得」がどうたらで補習に参加しているとかなんとか言っていた。監督をしていた先生は急な職員会議で駆り出され、つまりこの空間には私と巻島くんしかいない。補習自体はつまらないけれど、巻島くんと話が出来るのはなんとなく嬉しい。今の苦笑いだって、見ることができるのは私だけだ。

「あー、そだ。アレっショタイトル」

配布された古典のプリントをかりかりと進めながら、巻島くんはぼそりと言う。彼のプリントは残り数問となってきて、成績が悪いわけじゃないのは本当なんだなと思わされた。対する私のプリントは、やっと折り返し地点に到達したくらいだった。
私はペンをくるくると回しながら、巻島くんの言葉に反応する。

「え、なに?」
「ラプンツェル?だっけ、それじゃねーか」
「あ、それだそれだ」

ラプンツェル、と聞いてそういえばそんなお姫様だったかと思い出す。
ラプンツェル、ラプンツェル。口の中でそう繰り返すと、昔読んだ童話が朧げに蘇ってきた。
お姫様は悪い魔女に塔の中に閉じ込められて、長い長い髪の毛を塔から垂らして王子様を塔の中に招き入れる話。懐かしのグリム童話、思い出そうと思えば意外とあらすじは記憶の中からするりと出てくる。

「ラプンツェルは俺に似てねえっショ」

名前が出てきたことで巻島くんもそれなりに話を思い出したのか、クハッと特徴的な笑い声を上げながら再度私に言う。

「えぇ、でも巻島くんももう少し髪伸ばせば塔から垂らせない?」
「無理無理。つーか垂らしても迎えに来る王子様がいないっショ」
「私が行ってあげようか?」
「みょうじは王子って器じゃねえだろ」
「そうかなあ」
「そうだろ」

私へそれなりに失礼な言葉を投げかける巻島くんは、シャーペンをころんと机に転がして一つ分空席を挟んだ隣の私の方に身体ごと向いた。
ちらりと彼のプリントを覗き見たが二問だけ残っている。

「なんかお前と話してたら、課題やる気無くなるっショ」
「そんなに私との会話、面白い?」
「軽口は面白いぜ、軽口はな」

古典のプリントを放棄して、どうやら巻島くんは私との会話を選んでくれたらしい。
何となく嬉しくなって私も課題を放棄しようと巻島くんの方を向くと、「お前はちゃんとやれ」とあまり進んでいないプリントを見られた。そうやって自分を棚にあげるのは良くないと思うけれど、未だに半分ほどの空欄が残っているため口答えは出来ない。

「わかったよ、ちゃんとやるって。でもお喋りしながらで良いでしょ?」
「課題が進むならな」
「ちゃんと進ませるよ」

豪語したものの、プリントの問題は段々と難しくなっていく構成のようで後半になるにつれてシャーペンを握る手がぴたりと止まるのは自然なことだった。机の上に無造作に置かれていた古語辞典をぺらぺらと捲って、勉強しているふりをしながら巻島くんとのお喋りを続ける。

「そういえばさ、ラプンツェルの王子様って迎えに来てくれてたわけじゃないんだよ」

私がそう言うと、巻島くんはそうだっけか?と首を傾げた。それに合わせて、彼の玉虫色の髪の毛がさらりと揺れる。

「小さい頃に一回読んだくらいだから細かいところは覚えてねえっショ」
「グリム童話だからさ、意外とドロドロしてたみたい」
「あぁ、シンデレラとかも実は怖いって言うしな……」

巻島くんがそう言うのを聞きながら、私はまだ古語辞典の薄っぺらいページを捲る。「おぼゆ」だとか「いみじ」だとか、課題に関係ないページを目で追う。単語の意味なんて全く頭に入ってこないけれど、その代わりにラプンツェルの話の細部を緩やかに思い出していた。
巻島くんはそんな私を、机に肘を突きながら見ていた。彼は私の課題が進んでいないことは見透していると思う。けれど、私の頭の中で思い起こされているラプンツェルの物語までは見透せていないだろう。
古語辞典を閉じると、分厚い本らしくパタンと良い音を立てた。

「王子様はね、塔の中にくるだけ」
「連れ出してくれたりは?」
「しないんだよ」

ラプンツェルは魔女を塔の中に引き入れる時に髪を垂らして梯子代わりにしていた。それを見かけた王子様が同じように髪を梯子代わりにさせて塔の中に入る。王子様とラプンツェルは何回もそうして会って、段々と仲良くなって、愛し合うようになって。
確か、そういう流れだったはずだ。ここまでは本屋で売られている小さい子向けの絵本となんら変わりない。巻島くんも私の話すあらすじをふんふんと頷きながら聞いて、そして「それで?」と言った。

「その後どうなるんだっけか、魔女に王子が来てることがバレるんだったか?」
「そうそう。それでラプンツェルは森の中に追放されて、王子様はそれを知って絶望して……そんで数年後再会してハッピーエンド」
「そんなにドロドロしてなくないか?」

確かに話の流れはドロドロとはしていない。そりゃ王子様は愛した人が突然いなくなって絶望しただろうけど、そんな絶望はおとぎ話にはありがちだ。
王子様の目が無くなったりするのも絶望だろうけれど、ラプンツェルと再会した後に元通りになるのだからそれはドロドロ要因ではない。
閉じた古語辞典に顎を乗せて、巻島くんを見る。そして口を開く。

「なんでさ、魔女に王子様が来てるってバレたか知ってる?」

結末の話ではなく、中盤の話を巻島くんに投げかける。彼は髪を弄りながら、考えていた。
巻島くんの髪があとどのくらい伸びたらラプンツェルになるだろうか、と私も考えた。

「王子が塔に上ってくところを魔女に見られたから……とかか?」
「んーん、違うんだよ」
「じゃあ何っショ」

出された答えはありきたりなもので、私はその純朴さにちょっぴり笑ってしまう。
私が笑ったことにムッとしたのか、巻島くんは口を尖らせた。それが少し可愛くて、確かに髪以外はお姫様らしくない巻島くんもなんだか愛らしくなってしまう。

「ラプンツェルがね、魔女に言ったの」
「何て言ったんだ?」
「洋服がきつくなってしまったの、って。太ったわけじゃなくて」
「……あぁ、そういうことか」
「そ。巻島くんもこの意味が分からないほど純粋ではなかったね」

いや、そもそもグラビアとか見てる巻島くんが純朴な少年であるわけが無かったか。
彼は「童話でそこまでするか?」と曖昧に笑っていた。私も同じように思う。子どもが読むようなお話の中で、妊娠を示唆させる台詞が出てくるのはラプンツェルくらいじゃないだろうか。

「王子様はさ、まぁ言っちゃえばヤりに来てたんだよね」
「女子がそんな言い方すんなよ、愛があるんだし良いっショ」
「良いけどさ、救い出してくれない王子様って珍しいなって思ったの」
「確かにな」

ふう、と息を吐いて、私はやっと目の前のプリントに目を向けた。分からない問題だらけだけど、とりあえずこれを終わらせないと帰れない。そんな私を見てか巻島くんも机に向き直り、残り二つの空欄にさらさらと何かを書き込んでいった。
記号問題を感覚で選びながら、ふと先ほど巻島くんに言われた言葉が頭をよぎる。私はプリントを解きつつも巻島くんを横目で見て、巻島くんもそれに気づいたのか目線だけこちらに寄越した。

「私は王子様の器じゃないって言ったじゃん、巻島くん」
「まぁな。気ぃ悪くしたか?」
「ううん。確かに私、救い出すほどの甲斐性ないもん」

でもさぁ、と私は右手のシャーペンをくるりと回す。
ラプンツェルとセックスするくらいなら、出来ると思うんだよね。
そう、私が「ラプンツェルに似てる」と思った巻島くんに言い放つ。巻島くんは一瞬目を見開いたあと、特徴的な笑い方をする。それはなんとなく、本当になんとなく艶やかに見えた。

「孕ませられんのはみょうじの方だけどな」

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