※大学生設定 下ネタ注意


黒田くんが少し早足で、先を歩く。
私はそれに置いていかれないように足を動かして、でも顔は下を向けていた。なんとなく、今は黒田くんを直視するのは気恥ずかしいのだ。

「……ちょっときゅうけ……や、カフェ寄ってなんか飲むか」
「う、うん」

黒田くんが少し振り返って、でも私の顔は見ないようにしながら提案する。私はそれに反射的に頷いた。黒田くんはそれを確認すると、先ほどと同じようにぷいと顔を前に向けて早歩き。私も同じように、早歩き。
少しだけ目線を上げると、ラフな白Tシャツと銀色の髪が視界に入る。Tシャツの下の筋肉質な体が思い起こされて、それだけでもう、どきどきした。

(休憩って言うの、……やっぱりなんとなく恥ずかしいのかな)

休憩という単語をぐっと飲み込んだ黒田くんの背中を見る。
黒田くんも、気恥ずかしく思ったり、照れてしまっていたりするのだろうか。
ついさっきまで黒田くんと私がしていた、二時間3500円の休憩の事を。





「2名様ご案内致します」

快活な店員の声に導かれて、黒田くんと私はカフェの席に座る。向かい合わせなのでお互いがお互いの視線から逃れられず、ある意味で拷問だった。救いは店内が賑やかで、行為中の雰囲気と似ても似つかなかったことくらいだ。
お決まりになりましたら、とテーブルの上にあるベルを指し示したあと、当たり前だが店員は去ってしまう。
いやいや、あなたがいなくなってしまったら黒田くんと私はこんな状態で一体何を話せば良いんだ。そう言いたかったけれど勿論言えないし、かと言って黒田くんを無視し続ける訳にもいかず、私はそっと黒田くんを見た。
黒田くんは黒田くんで、私の顔を正面から見るなり恥ずかしそうに目を逸らした。「なんか、頼むか」と何でもないように取り繕うから、私もそれに乗って「う、うん」とさっきと同じ返しをするしかなかった。

「えと、あー……これ夏限定のパフェだ」
「食うか?」
「んと……食べようかな、黒田くんはどうする?」
「俺は……」

机に置かれていたメニューをぱらぱらと捲りながら、頼むものを選ぶふりをして相手の顔から視線をずらす。
今の私達は、そうでもしなければ顔から火が出てしまいそうだった。

「俺はアイスコーヒーでいい」
「私、アイスティーと……パフェ大きいから、黒田くんも食べる?」
「食い切れねえんなら食ってやるよ」
「ありがと、じゃあ注文するね」

気まずい空気を救う伝家の宝刀、メニューを閉じて注文ボタンを押そうと手を伸ばす。すると黒田くんの方が早くボタンを押そうとしていたらしく、ボタンの上で黒田くんと私の手が僅かに触れた。

「あっ……悪ぃ」
「う、ううん、私もごめん」

弾かれたように黒田くんは手を引く。
黒田くんは下唇を軽く噛んで、引いた手を所在無さげに彷徨わせたあと頭を掻いた。
僅かに触れただけで驚く黒田くんも、こんな表情をする黒田くんも、初めて見た。普段なら多少のボディタッチなんてものともしない黒田くんも、今日はいつもと違う。
私がボタンを押して十数秒後に店員が来て、注文を聞いた後メニューを下げてしまったので、私達はいよいよ自分自身を誤魔化す方法が無くなってしまう。
おしぼりで鶴を折るのに夢中になるふりでもしようか、いや下手にいつもと違うことをするのもあからさま過ぎるだろうか。
そんなことばかりを悶々と考えていると、視線を泳がせていた黒田くんが意を決したように口を開いた。

「みょうじ、あー……体大丈夫か」

どっか痛いとことかないか、と黒田くんは続ける。私は一瞬考え込んで、気付いてからはぼっと顔が赤くなった。

「だ、大丈夫……黒田くん、優しかったし、大丈夫」

吃りつつもそう答えると、黒田くんもなんだか心なしか顔が赤くなっている気がした。どうやら赤面は伝染するものらしい。

「優しいって言っても、比べる相手いないから詳しいことはわかんないけど……」

そうもごもごしながら言うと、赤面は治らないものの黒田くんはぶはっと吹き出した。発言に驚いたのと、ツボに入ったのと、両方らしい。

「おまっ……何言ってんだよ」
「えっ、変な事言った……?」
「や、変っていうか……経験人数ゼロってここで暴露しなくても良いんだぜ」
「あっ……!」

自分の発言を見直して、やっと失言に気付く。知らぬ間に恥ずかしいことを言ってしまっていたようで、心がざわざわした。

「まぁそんなことだろうと思ってたけどな……色々もたついてたし、慣れてなさそうだったし」
「も、もたついてた……?」
「それでいーんだよ、男は初めてになりたがるって言うしな」

黒田くんはいつもの余裕が戻ってきたらしい。丁度店員が持ってきたアイスコーヒーを口に含んで、にやりと笑う。やっと私も、黒田くんの顔を正面から見据えることができるようになってきた。
黒田くんは、初めてになりたがる男の人の中に含まれるのだろうか。そりゃ沢山の人としたことがある女の人は、黒田くんはあまり好きでは無さそうだ。じゃあ、黒田くん自身はどうなのだろう。こういう経験とか、あるのだろうか。
気になるとそのままにはしておけなくなって、テーブルに肘をついている黒田くんに、コーヒーと同時にやってきたアイスティーをちまちまと飲みながら声をかけた。

「く、黒田くんは……」
「ん、何だ?」
「優しかったし、色々知ってそうだし、い、いっぱいしてきたの?」
「は!?」

今度はさっきよりも盛大に、黒田くんが吹き出した。なかなか大きな声を出したので、私は驚いてちょっと仰け反ってしまう。
そりゃ変なことを聞いた自覚はある。けれど、気になってしまったのだから仕方ない。下世話な質問だけど下世話なことをした直後なのだから、許される気がした。
黒田くんは吹き出したコーヒーをおしぼりで拭きながら、「みょうじも結構ぶっこんでくるな……」と呟いた。

「優しかったか、そんなに」
「そんな……気がする。ガツガツしてなかったし……」
「ガツガツしてりゃあ傷付けるかもしれねぇって思っただけだよ」
「でもあっちの知識も……その、豊富そうな感じだったし」

そう言うと、豊富そうってなんだよ、と黒田くんは声を殺して笑った。
その眉を垂らして笑う様は、行為の最後の最後に見た黒田くんの顔を同じだ。黒田くんが達した後に、疲弊しきった私の髪を撫でた、あの時の顔と。

「知識は全部ネットとAVだよ。悪いか」
「……じゃあ、」
「ついさっきまで童貞だった奴をこれ以上質問攻めにすんなって」
「ど、どうてい」
「みょうじが言い出したんだぞこの話題」

黒田くんは気を取り直すようにコーヒーを飲んだ。私も同じように、アイスティーをちびちびと飲む。
そうか、黒田くんも、初めてだったんだ。
黒田くんも初めて、黒田くんも初めて。頭の中で繰り返す。てっきり歴戦の猛者なのかもしれないと思っていたけど、そうじゃないらしい。
知らぬ間に顔が緩んでいたらしく、黒田くんにそれを指摘される。「なんか、嬉しくて」と言うと「バカだな」と一蹴された。黒田くんも緩んだ笑顔だった。
私達はお揃いの表情をして、そろそろ運ばれてくるであろうパフェを待った。

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