照りつける太陽は遠慮という二文字を知らないようで、私の肌をじわじわと焼いていく。首元を伝う汗を体操服の襟で拭いながら、涼しげに泳いでいるクラスメイトをプールサイドから眺めていた。体育教師から「今日は暑いからね」と貸し出された大きい麦わら帽子をもってさえも、呑気にプールで戯れる彼らと同様の涼しさが得られるわけではない。はぁぁ、と無意識に大きなため息が出る。
私がプール授業を見学する日に限って、自由時間が長いのは如何なものか。いつもは授業の残り15分が自由時間のくせに、今日は30分近く尺を取っている。バタフライの実技テストなんかをやるときのプールはそりゃ休みたいけれど、今日みたいなゆるい授業なら私だってプールにどぼんとダイブしたかった。けれど俗に言う女の子の日というやつなのだから、無理をして入るわけにもいかなかった。

「あっついなぁ……」

ぽつんと独り言を吐いてみても、今日の見学は私だけ。他の全員がプールでわいわいと夏を満喫していて、ただただ気だるい気分になるだけだ。水中は良いよなぁ、涼しいしふわふわと漂えるし、おまけに地上でわんさか鳴いている暑苦しい蝉の声だって聞こえないし。
恨めしげにプールを見つめる。皆が皆自由に泳いでいるものだから、水面は絶えずゆらゆらと揺れている。水温ってどのくらいなんだろう、いつもは入った瞬間心臓がきゅっと縮み上がってしまうくらいなんだけれど。あの冷たさも、今はめちゃくちゃに恋しい。
そんなわりかしどうでも良いことを考えていると、不意に右端の方で水面からきらきらと光るものが目に止まった。太陽を反射したきらきらではなく、それ自体が金色に輝いている。
なんだろうかとそれを凝視していると、ざぱん、と勢いの良い音を立てながら水面からそれは出てきた。それは、クラスで一番明るい髪色をした青八木くんだった。

「……きれい」

思わず呟いていた。意図せず飛び出た自分の声に驚いて周りを見回したが、誰にも聞こえていなかったらしい。ほっと胸をなでおろしつつもう一度それに目を向けた。
彼が出てきた瞬間、彼は大口を開けて酸素を吸い込んだ。水飛沫が煌めきながら飛んだ。青八木くんの髪は普通の男の子より少し長くて、後ろ姿だけを見ると女の子に見えてしまう時もある。そんな髪が水気を含んでブロンドに輝いていたものだから、馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、まるで絵本に出てくる人魚姫みたいだと一瞬思った。ロマンチックな発想すぎて、自分でも少し笑ってしまう。
水面から出てきた青八木くんは、その勢いのままプールサイドに上がる。ゴーグルを外して、髪を絞って水気を落とした。
クラスの男の子を半裸をまじまじと見るのは失礼だと思うけれど、青八木くんは思いの外しっかりとした体つきをしていた。身長はそれほど高くない。だが筋肉はほどよく付いているみたいで、さすが運動部だなあと感心する。髪色のイメージとは真逆だ。

「……何見てるんだ」
「へぁっ」

ちゃんと鍛えているんだなと思いつつ青八木くんを眺めていると、彼は私の目線に気付いていたらしくぼそりと声を出した。
私はまさか気付かれているとは思ってもみなかったので、驚いて変な声を出してしまう。苦言を呈されるほど見つめてしまっていただろうか、とりあえず謝ったほうがいいだろうか。唐突なことに頭が回らなくなりながらも「ご、ごめん」と言うと「いや、怒ってない」と彼も焦ったように言った。

「ただ、俺なんか変なとこあるかな、って」

すごく見てくるから、と青八木くんはもごもごと付け足す。どうやら私は青八木くんをすごく、すごく見ていたらしい。あの青八木くんが「すごく」と言っているのだから相当なのだろう。そう思うと急に恥ずかしくなって、顔が若干赤くなってくるのを実感しながら首をぶんぶんと横に振った。

「そうじゃなくて……青八木くん涼しそうだなって思って」

一応、嘘はついていない。さっき見た青八木くんは見てるこっちも涼しくなってくるほどの綺麗さで、私はただ圧倒されていた。
青八木くんは私の言葉を聞きながら、てくてくとこちらに足を進めてきた。そして見学者用のベンチにぽすんと座って、「……確かにここ、暑い」とうんざりとした顔をした。

「でしょ。だからプール羨ましくて」
「みょうじはプール入らないのか」
「えっと、まぁ風邪みたいなものだから……」

本当は風邪じゃないけれど、純朴そうな青八木くんに自分の生理現象について事細かに話すのも良くない気がして、曖昧に誤魔化す。それでも青八木くんは納得してくれて、大変だなと言った。
涼しげに見えた青八木くんがこちらに来ても尚、日は燦々と照り付けてくる。私の顔から流れ落ちるのは汗で間違いないけれど、つい先ほどプールから上がってきた青八木くんの背中から流れる雫はプールの水飛沫なのか汗なのか見当がつかなかった。

「みょうじ」

青八木くんが私の名前を呼んだ。腕で額の汗を拭いながら「ん?」と言うと、青八木くんはそんな私を見て「熱中症になりそう」と呟いた。

「わかる……暑くてとけそう」
「みょうじも水浴び、したいか」
「したいけど、プール入れないし……」
「大丈夫」

青八木くんは何故だかそう断言して、ベンチから立ち上がる。そして駆け足でプール倉庫の方へ向かい、その横にあるホースの束を掴んだ。
何をするのだろう、とその様子を眺めていると、ホースを掴んだまま体育教師の元へ行き何かを聞いていた。教師もオッケーサインを作っており、それを見た青八木くんは珍しくうっすらと笑みを浮かべる。

「ねぇ、何してるの?」

ベンチの横にある水道にホースを突っ込んでいる青八木くんに問いかける。

「いいこと」
「いいこと、って」

単語だけを返してきた青八木くんに、私は首を傾げるしかない。
ホースが水道に固定されたのを確認して、よし、と言いたげに青八木くんは頷いた。そしてホースを私の顔に向ける。
なんだなんだとホースの先を見ると、ホースの先端から勢いの強い水がぶしゃあ、と飛び出てきた。

「わっ、ちょっ、青八木くん!つめた!」

突然のことに変な声を上げながら抗議する私を見て、青八木くんはぷっと吹き出す。

「ちょっと、何笑ってるの……!待ってほんと冷たい!あー!体操服べしょべしょ!」
「ふふっ……す、涼しくなっただろ」
「笑い全然堪えきれてないよ……!うわ、鼻に水入った!」

ホースから止め処なく噴射される水に私はなす術もない。わあわあ言いながら逃げ回っても、青八木くんはホースを巧みに操って私に直撃させ続ける。
彼は先ほどのうっすらとした笑みではなく、騒ぐ私を見て声を殺しながら笑っていた。そんな青八木くんを見るのは初めてで、それがなんだか嬉しい。
ホースから出てくる水は太陽をまともに反射させて水面のようにきらきらと光る。それは、さっきの青八木くんの髪のようで。

「もう、びっくりしたよ……突然水かけてくるんだから」

ひとしきり濡れそぼったあと、びしょびしょになった体操服の裾を絞りながら言う。青八木くんは水道の蛇口をぎゅっと閉めて、「でも、涼しいだろ」と微笑んだ。
その笑顔はひどく夏に似合っていて、澄んでいた。

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