青八木一とみょうじなまえの関係性というものは、二人にとってそれなりに近い位置にいるだろう俺でもよく分かっていない。たまに二人は会話をし、たまに二人で何処かへ行き、たまに二人で消えている。特別仲が良いようには見えないが、だからといってただのクラスメイトというわけでも無さそうだった。
青八木一は社交性ゼロ。同性の友人は何人かいるが異性の友人はほとんどいない。その所為か何処と無く浮世離れしているような、ガラス細工のように見えることが多々ある。部活に対して熱意はあるが、学校生活では無駄なエネルギーを使わない。
みょうじなまえは寡黙なクラスメイト。よく本を読んでいて、しかし根暗な雰囲気はない。時々話したり昼食を共にする友人はいるらしいがあまり人と騒いだりしないので、詳しい人物像を知っているやつはほとんどいないだろう。
そんな二人にそもそも関係性というか、接点があるのだろうか。

「……俺にも、よくわからない」

以前青八木に「みょうじとはどういう関係なんだ?」と聞いてみたことがある。二人における妙な雰囲気が気になって、これは本人に聞いた方が良いだろうと思ったのだ。軽い口調でなんてことのない恋バナを振るように言うと、青八木はしばらく上の方を見つめて二、三度瞬きをした。そしてちらりとみょうじを見て、もう一度瞬きをする。数秒後に「俺にも、よくわからない」と口をもごもごさせながら言ったので、俺はやれやれと相手に気付かれない程度に肩を落としてみせた。
友達というほどでもない、ましてや恋人でもない。けれどただの顔見知りなわけでもない。そんな関係にある異性のことを当の本人でさえよく分かっていないとなると、この関係性については誰も何も言えなくなってしまう。

「俺、結構気になってんだけどなぁ」

机に肘をつきながらそう言うと、青八木は驚いたような表情をする。ついでに目を見開いて、ちょっとだけ背を反らした。「なまえさんのことがか」と声を潜めて聞いてきた青八木はいつもより真剣な顔で、それに対して俺も同じように驚いてしまう。こいつはこんな表情もするのか、と。

「違うさ。お前達の関係性だけだよ、気になってんのは」
「そうか」
「そうだよ」
「焦った」

青八木は短く返事をし、ほっとしたように息を吐く。青八木の目線は俺じゃなくてどうやらみょうじに向いていたようで、それに倣ってみょうじを見る。彼女は垂れた髪を耳に掛けながら本のページを片手で捲るところだった。

「純太でもなまえさんはあげないって、言わなきゃいけないかと思った」

酷く透明感のあるクラスメイトを見ていると、正面にいる青八木はそんなどぎつい発言をいとも簡単に言ってのける。青八木の方に向き直ると、てっきり顔を赤くしつつ言っているものだと思っていたのにいつもの無表情だった。「次の時間は現代文か」と言った時の表情と変わらないくらいの。

「……お前、今すげーこと言ったの分かってる?」

念のために聞いてみたが、青八木は頭にハテナを浮かべながら首をひねるだけだ。





俺となまえさんの関係について純太に聞かれたことがある。その時俺は上手く答えることが出来なかった気がする。俺となまえさんって、なんなんだろう。よくよく考えたところで、今でも答えなんか出ていない。たぶんこれからも出ない。

部活終わり、外はそれなりに暗くなる。部員に別れを告げて自転車に跨り、正門へとペダルを踏む。校舎には疎らにしか電気が付いていないから、きっと委員会とか文化部とかも活動を終えたんだろう。ぽつぽつと校舎内から出てくる生徒を横目に見て、そう思う。
ふと前方を見ると、正門を抜けようとしている見覚えのある姿が目に入った。他の生徒と似たような髪型、同じような制服の着こなし型をしているくせにそれが誰かすぐ分かる。
ーーなまえさんだ。
一瞬声をかけようかと思ったけれど、向こうは徒歩でこちらは自転車だ。会話をするためにわざわざ自転車の速度を緩めるのもおこがましい気がするし、第一喋る内容もそんなにない。

(元々そんなに話す仲じゃないし、いいか)

そう思って、ペダルを踏む足を緩めぬまま帰り道を進んでいく。迷っている間になまえさんは門を抜けていったようで、姿は見えなくなっていた。
昼間より少し冷えた空気を吸って、肺の中に入れる。何度かそうやっているうちに自転車は何も考えなくても進んでいき、正門を音もなく抜ける。
すると今まで正門横の塀によって死角になっていたところが見えるようになった。稀に運動部の生徒が屯しているその場所には、とうの昔に門を通り過ぎていったと思っていたなまえさんの姿がある。そしてその横にはついでのように、知らない制服を着た知らない男が立っている。知らない男は貼り付けたような笑顔を浮かべながら、絶え間なくなまえさんに話しかけていた。
なまえさんの知り合いだろうか、他校まで迎えに来るほどの仲の友人なのだろうか。
そんな事を考えてちょっとした嫉妬を覚えつつ自転車でその脇をすり抜けようとしたとき、なまえさんとふと目が合った。
なまえさんはあ、と小さな声を上げる。今日初めて聞いた、なまえさんの声だった。

「一さん」

なまえさんは俺の名前を呼んだ。なまえさんが俺の名前を呼ぶのはそれなりに久しぶりのことだった。
彼女は多くを語らない。だからきっとこの一言に意味が凝縮されているはずだ。
それからの俺の行動は速かった。知らない男の事なんか気にせずになまえさんの手を掴んで、「乗って」と早口で言う。俺たちは多くを語らない同士だからなまえさんも凝縮された言外に気付いたようで、自転車の荷台に飛び乗った。ロードバイクだとこうはいかないから、通学にはママチャリを使っていてよかったと思う。なまえさんが不器用に俺の腰をむんずと掴んだことを確認してから目一杯足に力を入れて、正門から逃げるようにペダルを漕いだ。
後ろから、知らない男のものだろう声が聞こえてくる。何か叫んでいたようだけど、最後の最後に聞き取れたのは「なんだよ、彼氏いたのかよ」という投げやりな声だった。
なまえさんと共に自転車で坂を下りながら、きっとあの男はなまえさんに一生名前を呼ばれることはないのだろうと思った。






兄の友人が私のことを気に入っているらしいということは、少しばかり兄から聞いてはいました。けれど放課後に正門前で待ち伏せしているだなんて、誰が想像したでしょう。少なくとも私は想像していなかったので、とても驚いてしまいました。奇遇だねぇ、なんて言われましたけれど、奇遇も何も他校生がこんなところを偶然通るはずもありません。馬鹿馬鹿しいこと言わないで下さい、と言いたかったのですが、返事をしたら負けな気がして黙っていました。
黙って通り過ぎれば良かったのでしょうけれど、名前も知らないこの人は私の進む道に上手いこと立ちはだかってきて、なかなか思うように進めませんでした。体つきも良い方でしたので、その技術があればラグビーでもなんでもして有名になれるんじゃないでしょうかと思ってしまいます。勿論その言葉をぐっと飲み込みました。
困り果ててふと正門の方に目をやると、見知った顔がタイミングよく現れました。時々お話する、同じクラスの一さん。接点こそないもののなんだか似ているような気がして、気付けば一番私の心の中を占めている人でした。
そんな方と目が合ってしまったので、こんな状況で申し訳ないとは思いつつも、つい「一さん」と名前を呼んでしまいました。どうにかしてこの男の人から逃れたいと思い、それに対して一さんを利用する。卑しい考えだとは思いましたが、一さんは迷いもせずに私に手を差し伸べました。「乗って」と言われ彼の自転車の後ろに飛び乗ると、二人分の重さが掛かっているとは思えないほどの速さで一さんは自転車を走らせます。あっという間に男の人は豆粒のように小さくなって、何か叫んでいましたが風の音が強くて何を言っているのか聞き取れませんでした。

「ごめん、急に乗せて」

坂を下り終えて大通りに出た後、一さんは私を降ろしてそう言いました。

「いえ、助かりました」
「なら、よかった」

一さんは乱れた前髪を触りながら少し照れ臭そうに言います。無表情を崩す一さんは珍しかったので、良いものが見れたと少し嬉しくなりました。
そして照れ臭そうな顔をしたまま、彼はあの男の人が叫んでいたらしい言葉の話をしました。私にはびゅうびゅういう風しか聞こえていませんでしたが、どうやら一さんには聞こえていたようです。

「彼氏いたのかよって、言ってた」
「あら」

彼氏ですか、と言うと、一さんは頷きます。つまりあの男の人には私と一さんがカップルに見えていたらしく。そりゃあ二人乗りしている男女を見るとカップルに見えますよね、と二人して微笑んでしまいます。今日の私たちは、あんな事があったからかいつもより少しお喋りでした。

「でもカップルじゃないなら、俺となまえさんってなんなんだ」

一さんは不思議そうな顔をして私に問います。聞いてみると、少し前に友人とそんな話をしたようでした。
一さんと私。何なんだろうと考えてみますが、なかなかすっきりした答えは見つかりません。カップルではないけど、友人という枠にもはまらない。ただのクラスメイトかと聞かれると絶対にそれ以上だけど、なんだか上手く説明できません。でもなんとなく、お互い無くてはならないような、誰かに取られたくないような、そんな気持ちはありました。

「…………絶対的な関係、でどうでしょう」

私はそう言いました。
具体的な名前なんて思いつかないけれど、きっとそれ以上でもそれ以下でもない。
一さんも「絶対的な関係」とぼそりと呟いて、腑に落ちたように目を細めてくれました。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -