枕代わりに与えられたクッションは、荒北の持ち物にしてはパステルカラーでなんだか可愛らしかった。聞くと「妹のヤツが余ってたから引っ越しン時に貰ってきた」と来客用の布団を敷きながらつっけんどんな態度で返事をされる。そうかぁ、と頷きつつクッションをぼよんぼよんと弄んでいる間に布団は完璧に準備されていたので、割と荒北はこういう作業が得意なのかもしれないなと思った。

「ごめんね、布団出させちゃって。しかも引っ越しの時に買ったばっかのやつでしょ?」

そう言いつつも遠慮なく布団の上にうつ伏せになってみせると、荒北は大きくため息をついて彼のベッドの上に腰を掛けた。布団を出させておいてこんな事を思うのも何だけど、私にベッドを明け渡す気は毛頭ないようで。そこが荒北らしいといえば、荒北らしさのかたまりだ。

「ホントに思ってんのかヨ、ごめんって」
「思ってる思ってる。荒北には頭が上がんない」
「嘘つけェ」

そんな中身のない会話をしながら、荒北は付けっ放しにしていたゲーム機の電源を落とす。それを横目で見ながらふわぁ、とついつい噛み殺しきれなかった欠伸が出た。
私が今、荒北の部屋に泊まることになっているのにはそれなりの理由がある。
同じ大学へ進学する私達は下宿が近く、知らない土地で一人で過ごすのも物悲しいので(主に私が)、ご飯でも一緒に食べようという話になったのだ。荒北の部屋で夕飯をご馳走になった後、ふと彼が実家から持ってきたというテレビゲーム機を見つけたのが運のつき。ゲーム好きの私がやろうやろうと荒北を煽り、それに荒北も乗り、ゲームをプレイし続けて気付けば午前2時。瞼を下ろさずにいるのにかなり体力を使う時間帯になってしまっていた。ここまで若者の体力を消耗するスマブラは恐ろしいことこの上ないゲームだと、再認識させられる。

「こんな時間に追い出す訳にいかねェしよ。みょうじも仮にも女だし、夜道で誰かに刺されでもしたらちょっと後悔しそうだかんな」
「優しいね荒北。仮にもとかちょっととかは聞かなかったことにしてあげよう」
「へいへい、どォも」

二人とも歯磨きやトイレ等の寝る準備は済ませてあったので、すぐに寝床に潜り込む。ふかふかの布団を被ってみれば、新品の匂いがした。ほんとに新品使っちゃっていいのかなぁ、と何の気なしに呟くとじゃあ床で寝ればァ?と返されたので、そういうところが荒北だなぁと思わざるを得なかった。もちろん床で寝る気はない。

「電気消していいか?」
「どーぞ」

閉じた瞼の向こう側から聞こえる声に返事をすれば、明かりが消えて真っ暗闇になる。ごそごそとベッドの方から聞こえる音は恐らく、電気のスイッチを押すために身を乗り出していた荒北が温かい布団の中に戻っていく音だろう。視覚の情報が無いものだから、聴覚が研ぎ澄まされている感じがした。
お泊まり会をするときはいつもそうだ。相手の音がなんだか気になって、自分もあまり音を出さないほうがいいのかななんて考えて。そして寝返りを迂闊に打てなくなるくらい気を遣ってしまう。そんなこんなで、次第に眠くなくなってしまうのだ。

「荒北、起きてる?」

瞼は依然重いけれど、どうにも脳みそが眠ってくれそうに無い。十分くらいだろうか、そのくらいの間黙って横になっていたが耐えきれなくなって、ベッドの中に収まっている荒北に声をかけた。荒北は寝返りを打ったのか、もそ、と衣擦れの音が聞こえた。

「修学旅行みてェな事言ってくるなァ」
「眠いのに寝れなくて」
「緊張してんじゃない」

少し鼻で笑うように荒北は言う。
まぁ確かに、お泊まり会のときはいつも少しの緊張感があるものだ。だけど、荒北だからといって緊張しているわけではない、と思う。
きっと、静かな空間の中で音を出してはいけないという先入観があるから良くないのだろう。それなら寝付いてしまうまで、ずっと会話をしていれば良いんじゃないか。静かな空間をそもそもに無くしてしまうという作戦だ。
私はベッドの方に顔を向けて声を出す。荒北は壁際にいるのか、顔が見えなかった。

「なんか話してよ。恋バナとかでいいから」
「何でそうなんだ。ねェよそんなもん」

頭上から面倒臭そうな声が聞こえる。全く女の影がない荒北に恋バナを振ってしまうというのがいけなかったのだろうか。お泊まり会や修学旅行といえば女子は恋バナで場を繋いできたものだから、ついそのノリのまま話を振ってしまった。俺はねェからみょうじが喋れば、と荒北は言ったが、私は小さくふるふると首を振る。

「私も無いよ」
「じゃあ会話終了じゃねェか」

数々のお泊まり会で聞く側だった私には、これといって話せる恋バナもすべらない話もない。
今回ばかりはそれを悔いつつ、無意識のうちに布団の端をぎゅっと握った。午前3時近くになって、なんだか少し寒気がしてきたのだ。風邪の悪寒ではないと思うから、荒北もそうなのだろうか。

「なんか、ちょっと寒いね」
「明日冷え込むらしいぜ」
「もう3月なのにね」

恋バナもすべらない話もないけど、天気の話ならどんな相手とも続くとどこかで聞いたことがあったので言ってみた。
返された荒北の言葉に、今日の日付をぼんやりと思い出す。三月下旬もいいとこだ、そろそろ桜が咲くかといった時期なのに。寒いの苦手なんだよねと呟くと、分かるぜと相槌が聞こえた。不意に、今まで壁際にいたらしい荒北が少しだけこちらに近づく。もう暗闇に目は慣れているはずなので、瞼を上げればなんとなく顔が見えるくらいの位置にはいるんじゃないだろうか。

「そんな寒いんならこっち来るか?」

寒いのかどうなのか、少しだけ上ずった声だった。おまけのように、俺もさみィし、と付け足される。
荒北がそんな声でそんな言葉を言うなんて想像したことがなかったので、私は一瞬思考停止してしまう。そしてその後、心臓が異様に動き出す。荒北の言動でこんなに心臓が働いているのはきっとこれが初めてだ。
こっちに来るかということは、端的に言ってしまえば一緒に寝るかというちょっとアダルトな誘いなわけで。
いや、でも荒北は、私に対してそんなやましい感情を抱くようなキャラじゃない。今までそんな素振り、一度も見せたことがない。きっと相当寒いから、湯たんぽ的な何かだと私を認識しているに違いない。だからきっと、深い意味なんてそこにはない。たぶん、恐らく、そんな感じだ。
頭の中ではそう思ってるのに、顔が熱くなっているような気がする。暗闇の中では見えないはずなのに、私は新品の匂いのする布団を頭まで被って、蚊の鳴くような声で返事をした。

「……やめとく。荒北と寝るとか、なんか、まだ、想像できないし」
「バァカ、冗談だよ」

冗談だよ、そう言われて少しだけほっとして、少しだけ残念に思う。
あれ、なんで残念に思うのだろうか。それを突き詰めてしまうと、後に退けなくなってしまうような気がした。
そっと被っていた布団を目の下まで下ろして、荒北の顔を盗み見る。なぜだか荒北は目元に手を置いて、恥ずかしそうに下唇を軽く噛んでいて。
これは冗談を言った人の顔なのだろうかと考えると、余計に恥ずかしくなってしまい、もう一度布団をすっぽりと被った。
今夜はまだ、眠れそうにない。

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