ひょろ長い煙突からは、これまたひょろ長い煙がすっと出てきていた。その後ろには箱根の山が鎮座しているものだから、なんだか山が煙草を吸っているように見えた。
そういえば、ここはどこなのだろう。くるりと見渡してみたが、少し大きな建物が目の前にあるだけで、それ以外のことはよく分からない。箱根の山があるということは家の近くなのだろうけど、たぶんこの辺りには立ち寄ったことがないのだろう。
私は滑るように建物の側に寄った。火葬場という文字が見えて、さっき煙突から漏れ出た煙の正体を知る。そうか、あれは火葬されたときのものか。そう思うと、何故だか少しだけ空っぽの心臓が揺れた気がした。
しばらく建物の壁にもたれかかっていると、自動ドアが開いて何人も人が流れ出てきた。黒い服の集団だ。よく見るとそれは私の家族や親戚や、友人だった。そうか、今日は誰か知り合いの葬式だったのかな。よく覚えてないけれど、私がここに来ているということはそういうことなんだろう。それじゃあ早く合流した方がよさそうだと思い集団に駆け寄ったが、何故か誰一人として私に気付いてくれない。そんなに目の前が見えなくなるほど、皆にとって大切な誰かが亡くなったのだろうか。
眉を下げて辺りを見回すと、集団の最後尾に何やら白い箱を持って歩いている尽八くんを見つけた。さすがに尽八くんは私に気付いてくれるだろうか。そう思い、小走りで駆け寄る。尽八くんはかなり悲痛そうな表情をしていたので一瞬躊躇ったが、誰にも気付かれないのは嫌だから、思い切って後ろから声をかけた。

「尽八くん」

そう言うと、尽八くんは動きを止めた。いつもの彼らしくない雰囲気で、きょろきょろと周りを見る。なんだか面白いなあと少し酷いことを思いつつ彼の横に立つと、尽八くんは尚更驚いた顔をした。

「…………なまえ」
「突然後ろから声かけたから、びっくりした?」

驚かせてごめん、とはにかみつつ言うと、尽八くんはなんだか泣きそうになってしまった。けれどそれをこらえて、綺麗な笑顔を作る。その笑顔は、どこか切なげだった。

「……あぁ、とても驚いたぞ」
「えへへ、ごめんって。皆何故か気付いてくれないから寂しかったんだよ」
「そうか、それはすまないことをしてしまったな」

白い箱をぎゅう、と抱きしめながら、尽八くんは言った。
そういえば、尽八くんの持っているこれは何なのだろう。葬式だとか火葬場だとか、そういうものを経験したことの無かった私にとっては色々なことが分からない。喪服を着るべきだとかそんな基本的なことは分かるけど、それ以外はさっぱりだ。
それなあに、と白い箱を指差しつつ聞くと、尽八くんは「知らないのか」とちょっと微笑んだ。

「これはな、なまえの骨壷だ」

尽八くんがそう言ったので、私は「私の骨壷」と復唱した。骨壷とは確か、死んだ人の骨を入れる壺のことのはず。すると、と私は白い箱を見た後に尽八くんの顔を見た。

「私、死んでるの?」
「少なくとも、俺がさっき参列したのはなまえの葬式だったぞ」
「ほんと?……えー、死んじゃったのか私」

私は尽八くんの言葉を聞いて、自分の姿をよくよく見てみた。そう言われると、なんだか自分の輪郭がぼんやりしているような。自動ドアに反射しているはずの姿も見えないし、幽霊になってしまったというならさっき皆が気付いてくれなかった理由も分かる。
手をグーパーしてみても確かな感覚は得られなくて、本当なのか、と私はついため息をついてしまった。

「気付いたらここにいたから、死んだ時の記憶とか全然ないよ……だからかな、全く実感がない」
「死んだという実感か?」
「そうそう、それ」

尽八くんは詳細とか知ってる?と聞こうとしたとき、遠くの方で声がした。それは聞き慣れた母の声で、でも少し鼻声だった。私の知らないうちに、というか私の死んだうちに、泣いてしまったのだろう。ごめんね、と聞こえないのに謝る。

「東堂くん、そろそろ車出すから乗りにおいで」
「はい、今行きます」

母の呼びかけに、尽八くんは頷いた。骨壷を持っているから、たぶん彼はそのまま私の家に来るのだろう。私も乗ってっていいかな、と聞くと、尽八くんは小声で「なまえの家の車だろう」と笑った。





家の座敷の中に、知らぬ間に仏壇が飾られていた。こんな立派な仏壇、出すお金なんてあったのかと変なところで驚嘆する。その横にはさっきまで尽八くんに託されていた骨壷が置かれていて、仏壇と比べるとだいぶ小さく見えるなぁと思う。この壺の中に、私は収まってしまったのか。

「東堂くん、骨壷持ってくれてありがとうね。これ今日貰ったお菓子だから、どうぞ」
「ありがとうございます、お気遣いなく」

私が仏壇の前をうろうろしている間に、母は東堂くんにお茶とお菓子を出していた。聞こえもしないのに「私には無いのー?」と不満を垂れると、まるで聞こえているのかと思うくらいベストタイミングで、母が仏壇に飾られた私の写真に笑いかけた。

「なまえにもこれ、大叔母さんからもらったお菓子。あんたの好物だったでしょ」

そう言って、仏壇前にお菓子と熱い緑茶を置く。見覚えあるパッケージは私がよく好んで食べていたもので、幽霊になった今食べられやしないのにうっかり喜んでしまう。
その後母は私の遺品整理をしなければいけないとかで、二階へ向かった。父はどうやら、足の悪い親戚を送っている途中らしい。
座敷には私と尽八くんだけが残されていた。

「……なんか仏壇見たら、もう信じざるを得ないよね」
「そうだろうな。良い仏壇だと思うぞ」
「んー、喜ぶべきとこなのかな」

尽八くんはお菓子を一口食べる。それにならって私も食べようかと思ったが、想像していた通り物が掴めなくなっていた。幽霊って不便だ、お菓子も食べられないしお茶も飲めない。むすっとした顔をしてみせると、尽八くんはそれを見て失礼にも笑っていた。

「……そういえば」

もぐもぐとお菓子を咀嚼して丁寧にお茶を啜った後、尽八くんは声を出した。

「さっき火葬場でなまえのお母さんに声をかけられたとき、何か言いかけてなかったか?」
「なんか言ったっけ。……あ、そうだそうだ。死んだときの詳細とか全然覚えてないんだけど、尽八くん知ってたりしない?」
「知ってるぞ」
「ほんと?教えて」

そう言いながら近付くと、尽八くんは「近いぞ」と言いながら手で制してくる。その手もすり抜けてしまうのだけど。

「死の瞬間を見てたからな、結構トラウマ物なんだが」
「死の瞬間て」
「あの時俺となまえは遊ぶ約束をしててな、待ち合わせ場所にいた俺を見つけたなまえが交差点を走って来ようとしたときに、トラックでこう、ばーんと」
「うっわあ」

きっと実際に見たら死ぬまで忘れられないほど凄惨な記憶になってしまうのだろうけど、どうも言語化したら私の無鉄砲さや効果音のシュールさに目がいってしまう。
なんか説明が面白いねと言うと、尽八くんは珍しくむすっとした顔をして「笑い事じゃないぞ!」と怒った。少しだけ、反省。

「あの時になまえに告白しようと前の日から台詞を考えていたのに、こんな事になってしまって本当に心が折れそうだったぞ」

ぽつりと呟かれた言葉に、私は罪悪感と一緒にちょっとだけ嬉しい気持ちがないまぜになる。
尽八くん、私の事好きだったのか。
心の中で呟くと、なんだかじわじわと、身体もないのに体温が上がる感覚がある。あぁ、たぶん今私、とても嬉しいんだ。
私は尽八くんの正面に座って、尽八くんの目を見る。尽八くんは、私が死んでも尚そういったことを言ってくれた。なら私も、その気持ちに答えるべきだろう。

「死んじゃったけど、私も尽八くんのこと好きだよ」
「そうか、……それはとても嬉しい」

そう告げると、尽八くんはいつもファンの子にするような笑顔ではなく、ふわりとした優しい笑顔を浮かべていた。
あぁ、生きていたらなぁ。そんな気持ちがぐるぐるするけど、もうこればかりはどうにもならない。けれど死んでからでも好きだと言ってもらえるなんて、それはそれで死んでしまうほど嬉しいことだ。「死んでしまうほど」なんて、縁起でもないだろうか。

「まぁでも、なまえが化けて出てきてくれて良かった。伝えそびれて一生後悔するところだったからな」
「ちょっと、化け物みたいに言わないでよ」

そう言って笑う。私も私で、伝えそびれなくてよかったと、そう思った。だけどその言葉は、文字通り墓場まで持っていこう。

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