卒業式の準備で、下級生は何かと忙しそうだ。
体育館へといろいろな荷物を運んで行く人の波を屋上からぼんやり眺めながら、そんな事を思う。隣で同じように下方を見ている新開はもう三月だというのに寒そうで、首に洒落たマフラーを巻きつけていた。

「卒業すんだなぁ」

マフラーの奥から、新開はもにょもにょと声を出した。そうだねぇと頷きながらぼさぼさになった髪を耳にかける。屋上は風が強いから、すぐに髪が乱れるしスカートはぱたぱたとはためく。下にスパッツを履いているからスカートに関しては気にならないけど、髪はなんだか気になってしまう。
ぼさぼさ髪を撫でつけていると、新開が「雑だなぁ」と笑う。そしてごつごつとした温かい手で私の髪をやさしく梳かしたので、少しどきりとした。

「新開は大学どこ行くんだっけ、確か東京だよね」
「明早だよ。みょうじは?」
「私は地元の大学に」
「へぇ」

新開は曖昧な返事をして、下方で歩いている下級生を見つめる。あー泉田がいるとかなんとか言っていたので私も見ようと身を乗り出すと、「危ないぞ」とおでこをぺしんと叩かれた。間違って落ちてしまうほど、子どもではないのだけれど。

「よく見えるね、あんな下の方」
「まぁ、後輩は見つけられるさ」
「私もたぶん……あ、あそこにいるのたぶん部活の後輩くんだ」

見つけた後輩に向かっておーい、と屋上から声をかけてみるけれど、もちろん声は届かないので反応はない。分かってはいたけど少しだけ残念そうな顔をしてみせると、新開は屋上の柵に体を預けて「仲良いのか?」とちょっぴり不満げに聞いてきた。
さっきの後輩の顔を思い出して、どうだろう、と考える。同じ部活だから頻繁に顔を合わせるし挨拶したりもする。けれどプライベートな事は一切知らないし、言ってしまえば下の名前も思い出せない。わりと最低な先輩だな私は、と思いつつ「そんなに」と答えると、新開はやわらかく微笑んだ。

「そうか、良かった。ただの後輩に嫉妬するところだった」
「……新開、そういうことはあんま女の子に軽々しく言ったら勘違いされるよ」

新開は私をどきりとさせることばかり言ったりやったりするので、そういうのは良くない、とたしなめる。
新開はかっこいいのだから、簡単に人の頭を撫でたり「嫉妬する」とか言ったりしたらその辺の女の子はたちまち勘違いしてしまうだろう。大学でそういうキャラを確立したいのかもしれないけど、下手すれば修羅場に巻き込まれてしまいそうだ。そういった意味も込めて告げると、何故だか新開は私に顔を少し近づけてきた。
だからそういうところが良くないのだと言いたくなったけれど、あまりに突然のことだったし私も男子に対して免疫があるわけでもなかったので、心臓の動きが速くなっただけで何も言えなかった。

「勘違いじゃないぜ」

そう耳元で言われれば、息が耳にかかって震えてしまう。
どういうことだと一歩後ずさって新開の顔を見ると、さっきまで余裕そうに見えていた顔がほんのり赤いように見える。それを指摘すると新開はふにゃりと照れ臭そうに笑って、マフラーを頬を辺りまで引き上げてしまった。
そうしてまた、マフラーの中でもにょもにょと声を出す。

「だって俺、みょうじのこと好きだから」
「…………まじで」
「大マジ」

告白って、こんな予想外のタイミングで降ってくるものなのかと驚く。
驚きに身を任せて全く可愛らしくない返答をしてしまうと、新開も同じトーンで返してくれた。そうして、彼はもう一度屋上から下を見下ろす。
私はいきなりの告白にかなり動揺していたけれど、さっきまでと同じように新開の隣に並んで、同じように見下ろした。

「ずっとアプローチしてたんだぜ、気付かなかったか?」
「よくボディタッチとか、それっぽい言葉を投げかけてくるとは思ってたけど……そういうキャラなのかと、思ってた」
「ひどいなぁ、おめさんにしかやらないさ」

質問に切実に返すと、新開は明るく笑い飛ばす。その顔は女子が騒いでファンクラブを作ってしまうくらいには格好良くて、思わず見惚れてしまう。
私は新開に今まで恋をしていたわけじゃないけど、それでも「格好良いな」と見惚れてしまうくらいなのだ。きっと、恋愛対象だとは思っていたのかもしれない。

「……たぶん、新開のことこれから好きになりそう」

私がぼそりとそう言うと、新開はいつもより目を大きく見開いて「…………まじで」と、さっき私が漏らした言葉と全く同じものを口から零した。
こくりと頷くと、新開はとても、とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。私もそれにつられて、いつもより口角が上がって目尻を垂らした。

「じゃあさ……好きになったら、教えてくれ。東京と神奈川なんてすぐだから、好きになったって連絡くれたら、走っていくから。そしたら、……彼氏にしてほしい」

新開が必死に、言葉を紡ぐ。
うん、うん、と私は頷く。

「わかった。好きになったら、すぐ言う。そしたら、付き合おう」
「待ってる。約束だからな」

約束だからと言った新開は、続けて思いついたように「左手、出して」と言ってきた。
指切りでもするのかなとそっと小指を出すと、今度は「違うよ」と笑われる。

「あれ、指切りじゃないの?」
「似てるけど違うかな。薬指を使うんだ」

新開は私の手を、まるで壊れ物を扱うかのように触る。新開は寒がりのくせに体温は高いようで、手のひらは酷く温かかった。汗ばんでもいたから、告白で緊張していたのかもしれない。私の手もかなり汗ばんでいたので、私もこんなに緊張していたのか、と恥ずかしくなった。
新開に握られた手は、彼によってそっと上に持ち上げられる。そして手に彼の顔が近付いて、何をするんだろうとまた心臓が高鳴った瞬間、ちゅっと薬指にキスが落ちてきた。

「えっ」

あまりのことに、私はそんな声しか出なかった。
指にとはいえ、初めてキスされてしまった。
いつもの三倍速くらいで動いている心臓をどうにも隠しきれず顔を真っ赤にしてしまうと、同じくらい恥ずかしいはずの新開はなんとか平静を保ちつつウィンクをする。その姿も決まっているなと思ってしまうのは、彼がイケメンだからなのか、彼に絆されてしまっているからなのか。

「彼氏の予約、しといた」

そんな恥ずかしい台詞を言ってしまえる新開は、本当に本当に、格好良いと思ってしまう。
もしかして私はもう既に、恋をしてしまったのかもしれない。

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