「だからさぁ、」

私は手札をちらりと見て、先ほどまでしていた話の続きを始めた。

「スヌーピーとかも言ってんじゃん、配られたカードで勝負するしかないのさって」
「なんだ、弱いカードばっか取っちゃってるって言いたいのか?」
「いや、今してるポーカーの話ではなくて」

放課後、教室にて。
部活まで時間がある私と手嶋は、教室の後ろにぽつんと置かれた誰がいつ持ってきたかどうかも分からないトランプをいじっていた。
最初はありがちなババ抜きやスピードをやっていたのだが、それらが終わったあとに手嶋が「ポーカーでもやろうぜ、みょうじルール分かるか?」と提案をしてきた。ルールはよく分からなかったので、スマホで調べて感覚でゲームを進めている。

「私が言いたいのは、なんていうか……生まれた時に配られたカードの話だよ」
「随分と洒落た言い方するんだな」

私が言うと、手嶋はまるで小さい子を相手にするかのように返事をした。
それが何だか気に食わなくて、顔をしかめる。けれど、手嶋を攻撃するつもりはなかったので感情に任せて言葉を吐くことはしなかった。
私は手札をじっと見つめて、使えるカードと使えないカードを自分なりに判断する。

「手嶋も、私の言いたいことわかると思うよ」

使えない、と判断した二枚をぽい、と捨てた。これをドローというらしい。ネットと手嶋に教えられた。

「言いたいこと、か」

手嶋は私の言った一部を反復した。その姿は私に似ているようで、似ていない。それが何故かは、わからない。
手嶋は手札からそっと三枚引き抜いて、同じように捨てた。

「言いたいなら、言ってみろよ」

手嶋はちょっと突き放したような台詞を、でも優しい声で告げた。
私はふと、机の横に立てかけてあるギターケースを見つめた。しばらく前に購入した、赤いSGがその中に眠っている。それを見ると、なんだかいつも虚しくなるのだ。

「手嶋、ちょっと私の手の爪を見て」

脈絡のないことを言ってみる。けれど、言いたいことに繋がることだ。手嶋もそれを分かっているのかいないのか、言われた通りに私の手を覗き込む。彼の持っていた手札は、ぱさりと机の上に置かれた。
そして、綺麗な爪だなと微笑んだ。いや、綺麗かどうかはどうでも良い。だが、少しだけその言葉が嬉しかったので「ありがと」と小さく呟いた。

「私の手の爪見て、なんか気付くことない?」
「んー……人よりちょっと大きめとか」
「当たらずとも遠からず」

割と手嶋は人の事を見ているんだな、と思う。
この質問を他人にして、まともに答えが返ってきたことは少ない。でも手嶋は返してくれた上、近しいことを指摘した。
私は右手で左手の爪を撫でながら、「あのね」と声を出す。

「爪の生え際がね、人より結構上の方なの」
「あー、言われてみれば」

言うと、手嶋は納得したように相槌を打った。そして、深爪ぎりぎりまで切られても尚指より長い私の爪を見て、察したような声を上げた。

「……言いたいこと、なんとなく分かった。ギターを弾くのに向いてない爪だな」

手嶋の答えは、私が今まさに悩んでいることだった。ご名答、と眉を垂らしながら私は曖昧に笑う。

「そう。ギタリストに憧れてさあ、高校でギター始めたんだけど。どんなにやってもフレットが押さえづらくて、他の子と見比べて気付いた」

そんな爪を携えた手で、私は山札から、捨てたカードの枚数分だけカードをさらってゆく。

「生まれつきだよこの爪は。昔から大きくて長くてさあ。ここでそれが足枷になるとはって感じだけど」

これが私の生まれた時に配られたカードだよ、と続けた。
生まれた時に配られたカードは、変えられるものではない。強くても弱くても、それをなんとか使って生きていかなきゃいけないのだ。
それをきっと、手嶋はよく知っている。

「なるほどな」

手嶋はやんわりと口角を上げた。手嶋にもわかると思うよ、と言った私の言葉を、はっきりと理解しているらしかった。
手嶋は以前、私に言ったことがある。
自分は自転車のセンスもない、体力もない、どんなに努力しても成績を残せない。
そう言った手嶋だから、私はこんな話を彼にしているのだ。手嶋と私は、似ていると思ったから。

「だけどさ、みょうじ」

手嶋は私の名前を呼んだ。
呼びつつ、山札からカードを取る姿を、私はぼんやり眺めていた。

「そのカードだけに囚われてても、何も始まらないさ」
「……どういう意味?」
「とりあえず、ポーカー続けようぜ」

手嶋が言ったのは、私が想像していなかった返しだった。てっきり、同意の言葉だけで終わると思っていたのだ。
ほら、と手札五枚を持つ手をゆらゆら揺らして、私を見る。仕方がないから、私も手札を手に取った。カードの交換を行った後には役が作れる組み合わせになったので、それを何の躊躇もなくひょい、と見せる。

「おお、フルハウスじゃん。初めてにしては運良いんじゃないか?」
「そうかな」

手嶋は私の手札を見て、ほぉ、と息をついた。そして机に肘を突いて、少し自嘲気味に笑う。

「ちなみに俺、一回目の手札は10、ジャック、2、7、8だったんだよ。ワンペアにもならないだろ?」
「わ、結構災難だね」

その手札を想像して、はは、と私も笑う。
その組み合わせなら私だったら勝つ可能性なんて見出せない。
で、二回目以降に役はできた?と問うと、手嶋は「なんとかな」と微笑んだ。そしてその微笑みのまま、5枚をこちらに差し出してくる。

「最強の役だぜ、ロイヤルストレートフラッシュ」

ダイヤのエース、キング、クイーン、ジャック、10。それらが綺麗に並んだ様子を見て、私は呆気に取られた。それはつまり、手嶋は運良く山札からカードを取る時にエースとキングとクイーンを掻っ攫っていったということだ。何分の一の確率なのだろう、と思ったが、計算するのも面倒なのでやめてしまった。
呆然とそれを見つめる私に、手嶋は言う。

「だからさ、最初の、生まれたときのカードで駄目でも、次のカードが最高かもしれないんだ」
「……ただのすっごい偶然だと思うけど」
「偶然でも、可能性はゼロじゃないだろ?」

そう言った手嶋の顔は、ただポーカーをしているだけなのにとても真剣だった。だから私は、とりあえず頷かざるを得なかった。
こくんと頷くと、手嶋は「だから、諦めんな」と私の頭を少しだけ撫でた。

「……手嶋はさ」
「うん?」
「たぶん、その次のカードをもう見つけてるんだね」

私が言うと、手嶋は少しだけ考えて、おう、と答えた。
ふと時計を見ると、そろそろ部活が始まる時間だった。お互いにカードを片付けて、部活道具の入ったカバンを背負う。ギターケースを背負うとき、少しだけ部活に行くか迷った。けれど、頑張れ、と自分に言い聞かせた。

「あ、そうだ。ギターやってる友達が言ってたんだけどさ」

教室から出るとき、私に向かって手嶋は言う。

「だいぶ時間かかるみたいだけど、ギター弾いてたら次第に弾きやすい爪の形に変わっていくって」
「え、そうなの?」
「らしいぜ。だから、ファイト」

私に向かって、親指を突き立てる。
私はなんだか嬉しくなって、ありがとう、と同じように親指を突き立てた。

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