「お、巻ちゃーん。こっちこっち」

遠くに見つけた玉虫色の髪に手を振る。するとその妙な髪色をした巻ちゃん、もとい巻島裕介くんは少し嫌そうな顔をしながらこちらに向かって歩いてきた。
夜中の夏の公園。こんなところに呼び出したのだから、嫌そうな顔をされるのも分からなくはない。けれどそんな顔をされるとこちらも少し、むむ、と眉根を寄せたくなる。

「何、そんな顔しないでよ」

そう言いながら自分の座っているベンチの隣をぽんぽんと叩くと、巻ちゃんははぁ、とため息をひとつついて大人しく隣に腰を下ろした。
そしてぽりぽりと耳の下辺りを掻いて、呑気に欠伸をした私を見やる。

「こんな時間に何呼び出してんだよ」
「良いじゃん、この公園巻ちゃんちから近いし」
「その巻ちゃんってのやめろ、東堂思い出すっショ」

再度意味もなく巻ちゃん、と呼びかけると、巻ちゃんは鬱陶しそうに目を細めた。もともと目は細いけれど、それを更に細長くした感じだ。
そしてもう一度ため息をついたので、私は「ため息つくと幸せ逃げるよー」と笑う。

「誰の所為でため息つくと思ってんショ」
「今は私の所為だね」
「分かっててやってんのか」
「分かっててやってる」

万遍なく雲がかかっている所為で特に何の明かりも感じられない夜空を見上げて、縦に首を振る。
昼間は微妙に鳴いている蝉も今は声を潜めているようで、公園は静かだった。
どこか現実味のないこの雰囲気を、時折遠くを通る自動車の音が現実に引き戻す。
それが何となく心地良くて、ぐぐ、と両手を思い切り伸ばした。

「つーか、何でこんな夜遅くに呼び出したんだよ」

少しだけ吹いている生温い風に巻ちゃんは髪をはためかせながら、私の方を向いて聞いてきた。
その声も、今を現実味のない雰囲気にさせるにはちょうど良い声だった。高過ぎず低過ぎず、特に理由はないけれど耳に残りそうな、そんな声だった。

「今日七夕じゃん?」
「そうだな」
「誕生日おめでとう」
「アー、ありがとな。それ言うために呼んだのか」
「違うけどね」
「違うのかヨ」

違うけどね、とちょっぴり舌を出しながらおどけて言う。可愛らしく振る舞ってみたつもりだったが、どうやら巻ちゃんには通用しなかったらしい。彼は何とも普通の返事をして、また幸せが逃げていってしまいそうなため息をついてみせた。
それを見て、私は言葉を続ける。

「今日七夕じゃん?」
「それさっきも言ったぞ。みょうじボケてるっショ」
「いやボケてはないし。分かってて言ってるし」
「分かっててわざとやってる事多過ぎっショ」
「申し訳ない」

後ろで結んだ少しだけ長めの自分の髪を弄りながら、半笑いで謝罪する。すると巻ちゃんも少し笑ったので、夜中に呼び出した割にそこまで機嫌は損ねていないみたいだ、と思う。

「まぁ何回も言うけどさ、七夕じゃん」
「そだな」
「七夕ってさ、天の川見れるじゃん」
「アー、まぁな。でも毎年曇ってるっショ」
「ん、そうなんだよね。今年こそはと思ったんだけど、やっぱり今年も曇っててさ」
「星とか全然見えねェな」
「うん。折角公園まで赴いたのに何も見ずに帰るのやだなって思って。そんで、ふと思ったんだよね」
「何をだ?」
「巻ちゃんの髪って天の川っぽいよねって」

そこまで言うと、巻ちゃんは細い目をそれなりに見開いて、ぱちぱちと数度瞬きをした。私より長い下まつげが動く様を見るのは、なんだか不思議な気持ちがした。

「それだけの理由で呼んだのか?」
「まぁ、とりあえずそんだけかな?あ、でも一応誕生日だからおめでとうも言いたかった」
「誕生日をついでみたいな言うなっショ」

巻ちゃんのそんなお叱りの声と同時に、細長い指で放たれたデコピンが降ってくる。
あいた、と言いながら笑ってみせると、巻ちゃんは「みょうじ全然反省してないっショ……」の苦笑いしながら玉虫色の髪を掻き上げた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -