ふわあ、と大口を開けて欠伸をする。
人前で、しかも学校という同年代の人間が沢山いるようなところでそんなことをするのは女子としてどうなんだろうと思わなくもない。だけど手で口を覆っていたからまだましだろう、そんな風に私は考える。
多少の身だしなみや清潔感には気を遣うけれど、潔癖症だとかしっかりしているだとかではない。私自身そんな性格で良いと思っているし、この少々ずぼらな性格を友達から指摘されたりしたことはない。けれど一人だけ、私のこの性格を良しとしない人間がいた。

「なまえちゃん、欠伸が大きすぎるぞ。噛み殺す努力くらいするべきだろう!」

私の目の前で妙にはつらつとした声が聞こえる。朝っぱらからうるさいなぁ、と思いつつ細めた目でその人物を見やった。顔だけ見れば爽やかそうな、でもカチューシャから一束はみ出している前髪がちょっと鬱陶しい、幼い頃から顔見知り程度の仲である東堂尽八が何故か仁王立ちで立っている。

「……東堂静かにして、眠い」
「いつも思うのだが、なまえちゃんはいつの日からか俺の事を苗字で呼ぶようになったな。昔は名前を呼んでくれていたのに、嘆かわしいぞ」
「良いじゃん別に。ていうか眠いんだって。近くで喋んないで」

なんやかんやと話しかけてくる東堂に、恨めしそうな目をしながら言う。
欠伸をした時から既にそうだったのだけれど、私は眠くて眠くて仕方がなかった。昨日の夜、友人に借りた本を読んでいたらハマってしまい、時間が過ぎるのも構わず読み続けてしまったのだ。そのおかげで、本日の睡眠時間は四時間ほど。普段七時間は睡眠時間を確保している私にとって、四時間睡眠はかなり無理がある。
名前呼び談義を遮られたのが気に障ったのか、東堂は私の前で頬をぷくっと膨らませている。男子がやっても可愛くないよと言ってやりたいところなのだけれど、東堂は学校内にファンクラブがあるほどの美形だ。頬を膨らませている表情は案外似合っており、なんとも言い難い気持ちにさせられた。

「俺の事を名前で呼んでくれていた頃はもっとしっかりしていただろうに。少なくとも、こんなにだらっとはしていなかったぞ」
「いや、今もそんなにだらだらしてないけど」
「そうだ、もしかしたら俺を名前で呼んだら昔の気持ちを思い返してしっかり者に戻るかもしれんぞ!」
「それは絶対無いわ」

そう言いながら胡散臭そうな目を向けても、東堂は一向にへこたれる様子を見せない。こいつこそ幼い頃はもっとましだったろうにどうしてこうなってしまったのか、と思う。だが昔を思い返してみても鬱陶しくない東堂の思い出が見つけ出せなかったので、そういえばこいつは元々こんな奴だったかもしれない。
東堂のアホっぽい言葉を聞いていても、どうにも眠気は覚めてこない。どうしたもんかなぁと思いつつ、もう一度欠伸をした。東堂のうるさい声を何回も聞きたくはないから、今度は少しだけ噛み殺しながら。そうしたからか、欠伸には気付いたようだったけれど、東堂はそれに関して説教めいたことを言わなかった。
説教めいたことを言わない代わりに、東堂は少し私との距離を詰める。なんだ、と思って身を引くと、「ちょっと動くな」と東堂のくせにあまりはつらつとしていない普通のトーンで言われてしまう。東堂の言う事を大人しく聞くのも正直癪に障るが、だからといって動いて反感を買うのも面倒だ。少しの間黙って東堂の様子を見ていると、東堂は私の顔をじぃ、と見ながら何やら考えているようだった。

「ときになまえちゃん」
「ん」

暫く私の顔を眺めた後、東堂は半歩だけ下がって私の名前を呼んだ。それに返事をすると、東堂は自分の目の下を指さす。舌を出さないあっかんべーのような感じで、その仕草ですら東堂に似合っている。

「クマ、出来ているぞ」
「くま?」
「目の下に。結構濃いぞ」

指摘され、自分の目の下を何となく触ってみる。触った感じではいつもと全く変わらないからわからないけれど、そんなに酷いクマが出来ているのだろうか。そう聞くと、東堂はまたはつらつな声を取り戻したように「あぁ、結構酷いぞ!」と言ってきた。言っている事は間違っていないだろうが、もう少しオブラートに包んで言うことは出来なかったのか。
はぁ、とため息をついてみせると、東堂は少しだけ首を傾けて「眠れなかったのか?」と聞く。先ほどから欠伸を連発しているのだから、それくらいは早々に気付いてくれても良いと思う。

「うん、まぁ。借りた本読んでたら寝るの遅くなっちゃって」

「そうか。いつ頃眠れたのだ?」
「うーん、三時は過ぎてたな」

言うと、東堂は一番最初に私に欠伸を注意してきたときのような表情する。
あぁ、これは恐らくお説教モード突入の合図だ。
そう思うと同時に、東堂はまたはつらつとした声で、そして母親が子どもに言い聞かせる時のような言葉を口にし始めた。

「ならん、ならんよなまえちゃん!そんな時間まで起きていたら次の日が辛いだけではなく肌にも悪い!昔はもっと早く寝ていただろう、小学生の時にうちに泊まりに来た時も九時には寝ていたというのに!」
「いつの話持ち出してんの」
「あの時は寂しかったぞ、ちょっと夜更かししてなまえちゃんと人生ゲームをしようと目論んでいたのに!気付いたらなまえちゃんは寝てしまっていたし起こすわけにもいかなかったし!」
「だからいつの話よ。てか論点変わってるし」

わああ、と如何にも悲しんでいますと言いたげな唸り声を上げつつ東堂は私によく分からない言葉たちを投げかけ続ける。脈絡が全くと言っていいほど無いので、東堂のメッセージを読み取るのには苦労させられた。とりあえず東堂の言葉を総括すると、「幼い頃はきちんとしていたのに今はだらけてしまったなまえちゃんが嘆かわしい」といった内容だった。これは欠伸をした直後に言われた言葉とほぼ一緒だし何だかんだで失礼なので、総括しなければ良かったかもしれない。
「やっぱり思ったのだが、」と東堂は言う。言いつつ、私の方に手を伸ばす。
また下手に動くときっと怒られるので動かずにいると、東堂の手が私の目の下辺りに触れた。そしてくるくると、目の周りを親指で撫でる。

「……何してんの」
「ん?あぁ、リンパ腺のマッサージだ」

クマがちょっとはましになるだろう、と言いながら、東堂は親指で私の目の周りを撫でるのをやめない。

「やっぱり思ったのだが、なまえちゃんは俺が近くにいないとだらけてしまう性分なのだと思うぞ」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことあるぞ。現にクマを作るまで夜更かししている」
「別に良いじゃんそんくらい」

言いながら、私はまたふわぁ、と欠伸をした。我慢するつもりだったけれど、どうにもこらえきれなかった。それを見て「ほら見たことか」と言わんばかりに東堂は笑った。

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