箱根の冬は寒い。
気温は低いし雪も積もるし、だからロードにも乗れねェ。だけど、そんな日にも部活はある。今日の部活は筋力トレーニングを中心にやるらしく、泉田が喜びそうだナァと思いながら、部室棟に向かう。
ハァ、と息を吐けば、白く染まって空気に溶ける。今日は天気は良い。部室棟の屋根を見ると、太陽の熱で雪が少し溶けているのか、ぽたぽたと雫が落ちていた。どうせなら路面の雪ももっと溶けて、ロードに乗れるくらいになってくれりゃ良いのにヨ。
そんな事をぼんやり考えていると、部室棟の戸ががらりと開いた。中から、ボトル数個とファイルを持ったマネージャーのみょうじが出てくる。

「オハヨォみょうじチャン」
「あ、荒北だ」

ウインドブレーカーを着たみょうじが、おはよーと挨拶する。両手が塞がっていて、戸を閉めるのに往生していたから、閉めてやった。多分戸を開ける時は、足で開けたんだろう。女らしくしようという意識があまり無い彼女らしかった。

「ありがと、気が利くね」
「別にィ。つーかそれ、持ってってやろォか?」

両手いっぱいの持ち物を指差すと、みょうじはううん、と首を振る。マネージャーの仕事だし部員は練習してて、と笑った。
男の厚意は受け取っとくべきなんじゃないのォ、と口を突き出して言ったが、みょうじは元々こういうしっかりしたヤツだということは分かっている。
それじゃ、私行くね、とみょうじが言って足を踏み出す。俺も部室棟に入ろうと戸を半分ほど開けかけた時、頭上からずずず、と嫌な音がした。不意に上を見る。よく聞くと、太陽の熱で溶けた屋根の上の雪が、今にも小さな雪崩を起こしかけている音だった。
嫌な予感がしてみょうじの方を振り返ると、アイツの歩いている場所の丁度上の屋根が奇妙な音を立て、雪がずるりと落ちているのが見えた。

「みょうじ!!」

叫ぶと、みょうじはびっくりしたような表情をこちらに向け、そして頭上の異変に気付き、うわ、と声を漏らした。
俺とみょうじとの距離は10メートルほど空いていた。その距離を一気に縮め、みょうじに向かってダイブする。ボトルとファイルが舞う。すぐ後ろで雪の塊が落ちる音がした。振り返って見ると予想以上に大きな塊で、もしこれが人間に直撃していたらと思うとヒヤリとした。

「あ、らきた」

重い、と下から声が聞こえる。勢いよく突き飛ばしたつもりだったがみょうじの体は遠くに飛んでいったりはしておらず、俺の下敷きになっていた。言ってしまえば馬乗りになっている状態で、俺の全体重がみょうじにかかっているようだった。
悪ィ、と軽く謝罪して退こうとすると、片脚が先ほどの雪崩に巻き込まれたらしく少し埋まっており、ぐぐ、と前のめりになってしまった。その勢いで、股間がみょうじの腹あたりに押し付けられる。
やっちまった、と思い再度謝ろうとすると、押し付けられた部分に違和感が生じた。

「……ン?」

そろそろと目線を下げ、違和感の正体を探る。みょうじも俺に合わせて、目線を下げる。それはすぐに、もう本当にすぐに見つかった。

言葉は悪ィが、俺のアレが、勃ってる。

みょうじと顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、

「アアアアァァァァッ!!」
「うわああああああっ!?」

ともうお互いなりふり構わずに叫んだ。本当になりふり構っていなかった。
俺は急いで埋まった足を掘り起こして、みょうじは急いで体を起こしてファイルとボトルを掻き集めた。
叫びまくって息を切らしながらみょうじを見ると、みょうじも同じようにぜいぜい息を切らしていた。顔も赤かった。恐らく俺も赤くなっているんだろう。

「あああ荒北、えっと、助けてもらってありがとうございました、あの、ほんと、全く、これっぽっちも気にしてないから!!」
「あ、アァ、いや悪ィな!!えっと、雪崩には、き、気を付けろヨ!!」
「わ、わかった!!そそそそれじゃあこれで!!」

お互いもうヤケクソで叫ぶように会話し、みょうじはそそくさと走っていき、俺もそそくさと部室棟に入っていった。

その後、叫び声を聞いていたらしい他の部員がどうしたどうしたと聞いてきたが、何もねェヨ!!とだけ言っておいた。
余談だが、真波は一部始終見ていたらしく半端じゃないくらいニヤニヤしていたのでとりあえず殴っといた。

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