暇そうにしている手嶋に、背後からそっと忍び寄る。そしてウェーブした髪を一束摘まむと、それほど物理的な衝撃は与えなかったはずなのに手嶋は弾かれたようにこちらを振り返った。そして私の姿を見るや否や、ほう、とため息をつく。

「なんだ、みょうじか」
「なんだとはなんだ」

手嶋の言葉に対して不満げに返答すると、手嶋は「あー、悪い」と笑いながら適当な謝罪をした。それに対してまた頬を膨らませてみせたが、手嶋はまたもや適当そうに笑ってみせる。そして手嶋の髪を摘まんでいる私の手をやんわりと退ける。

「つーかなんでいきなり髪触ってくんだよ。驚く」

私の手を退けたあと、手嶋は自身の髪の毛をゆるゆると弄る。私はそんな手嶋をぼんやりと見つめながら、だってさぁ、と言葉と息を一緒に吐き出した。

「手嶋の髪、ふわっふわしてんだもん」
「それ、天パってことを暗に批判してるのか?」
「そういう捻くれた思考良くないよ、天パ。あっ、間違えた手嶋」
「今のはわざとだろ」

呆れたように手嶋が息をつくのを見て、私はあははと能天気に笑った。
確かに天パと手嶋を言い間違えたのはわざとだけれど、手嶋の髪はふわっふわしていて羨ましいというのはほんとだ。天然パーマのゆるゆるとした感じが好きだし、太すぎず細すぎない毛束は触り心地がかなり良い。更に、どこのメーカーのシャンプーを使っているのかは分からないけれど、ほのかに良い匂いがする。そして男子にしては珍しく髪の手入れを杜撰にしていないようで、枝毛も無いし油っぽくもないし、そして何よりふわっふわで柔らかい。
その旨を手嶋に伝えると、彼は素直に喜んで良いのかわからないという風に首を傾げた。

「とりあえずなんというか、羨ましいんだよそのふわっふわ具合」
「みょうじだってそれなりに手入れとかしてんじゃねーの?」
「してない訳じゃないけど、こんなふわっふわじゃない」

もう一度頬を膨らませながら手嶋の髪に手を伸ばすと、今度は手を退けられなかった。最初に退けられてしまったのは、背後から無言で触ったからだったのかもしれない。
やわやわと手嶋の髪を弄りながら、もう片方の手で自分の髪を触ってみる。自分の髪は手嶋の髪と同時に触るとよく分かるのだが、ぱさぱさとしていた。それになんだか、キューティクルというやつが無い気がする。キューティクルが何なのかあまりよく分かっていないけれど、たぶん無いと思う。

「なんかぱさぱさだし、しばらく切ってないから毛先の色変わってきちゃってるし」

ほら、と摘まんでいた自身の髪を手嶋に見せる。手嶋はそれを人差し指と親指で数回撫でて、ううん、と唸った。

「青八木の髪質と似てる」
「おぉう……リアクションの取りづらいコメントだ」
「でも割とあいつもこんな感じだぞ?」
「男子と比べられましても」

そうため息をつきながら言うと、「俺も男子なんだけど」と手嶋もため息をつきながら言った。ふわっふわヘアーの手嶋は男子の中でも例外だ。

「使ってるシャンプーが合わねえとか、そういう問題じゃねえの?」

私の髪から手を離して、手嶋は言う。私も手嶋の髪から手を離して、どんなシャンプーを使っていただろうかと思い出しながら腕組みをした。

「シャンプーで変わるもんかな」
「マジで変わるらしいぞ。髪質に合う合わないは大事だからな」
「へー」

相槌を打ちながら、なるほどと思う。私の髪がこんな感じになってしまった原因のうちの一つがシャンプー選びにあるのだとすると、私は今日にでもシャンプーを変えた方がいいだろう。

「ちなみにみょうじ、今何のシャンプー使ってる?」
「うーん……お父さんが買ってきた頭皮がスーってするやつ」
「それ完全に対象年齢が高校生じゃない」

ひと昔前に芸人がコマーシャルをしていたシャンプーを思い出しながら言うと、びしっと手嶋はそのシャンプーに対して突っ込んできた。
そんなにお父さん向けのシャンプー、駄目だろうか。頭がスースーしてとても気持ち良いのだけど。じゃあ手嶋は何のシャンプーを使っているのかと聞くと、何やらよく分からないおしゃれそうな名前を言ってのけていた。

「何それおしゃれ……女子か」
「いや、別に普通のシャンプーだけど。とりあえず今俺が言ったやつ使ってみたら?」
「ちょっと長い横文字の名前だったから覚えられなかった」
「……帰りにドラッグストア寄って教えてやるから」

ポケットに入れていたメモ帳に聞き取れなかった長い横文字の商品名を、聞き取れた最初の部分だけ書いて項垂れていると、手嶋がぽんぽんと私の頭を撫でながら言う。
ありがと、と端的な感謝の言葉を述べながら、頭を撫でられるのならもっとふわっふわな髪でいたかったな、と思った。

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