午後になると、春の嵐というやつが来たらしく外は暴風雨だった。それでも警報は出ていないようで、授業は短縮されずに普段の下校時刻に下校することになった。さすがにこの天候では運動部は活動することができずに、ペダルを回すことなく帰路につく。
比較的大きめの傘を開いて道を歩くと、地面に出来た水溜りがばしゃばしゃと跳ねる。少し雨水が靴の中に染み込み、顔を歪めた。気持ち悪ぅ。
それでも構わずばしゃばしゃと水を跳ねさせながら歩いていると、前方に見慣れた人影をひとつ見つけた。その人影は酷い嵐の中だというのに傘もささず、髪や制服をびしょびしょにさせて水を吸ったスカートををはためかせながら歩いている。あれは確か、二年に上がってから同じクラスになったみょうじさんだ。しかし雨の日に傘もささずふらふらとしているような危ない人だっただろうか。
みょうじさんの歩幅は小さくしかもゆっくりと歩いているので、ボクの歩幅ではすぐに追いついてしまう。追い越そうとした時にちらりと顔を見ると、やはり顔はびしょびしょに濡れていた。けれどその目は赤く染まっており、顔が濡れている理由は雨のせいだけではないようだった。

「……あ」
「…………あ」

追い越した時に、ボクの影がみょうじさんにかかる。それで初めてボクの存在に気付いたらしく、みょうじさんはぱっと顔をボクの方に向ける。そして小さく声をあげたものだから、ボクも一拍遅れて声をあげた。そして、ボクに会って気まずそうにするみょうじさんの顔を、そういえばつい昨日見たのを思い出した。

「みょうじさん、キミ確か」

すぐに立ち去ろうとしていたはずなのに、ボクはみょうじさんに問いかける。自分や自転車以外のことは基本的に興味が無いのだが、この時ばかりは昨日見たみょうじさんの顔が頭に染み付いて仕方なかった。

「昨日、ザクと話しよったよな」

ボクがそう言うと、みょうじさんは肩をぶるりと震わせる。ボクの言葉に反応したようにも見えたが、雨にずっと打たれているので寒気がしたのかもしれない。鼻をずず、と鳴らしてから、彼女は小さく頷いた。「ザク」と言ったから伝わらないかもしれないと思ったけれど、どうやら誰のことを指しているのかは分かっているらしい。

「……まぁ、ちょっと」

みょうじさんは言葉を濁す。それを横目に見ながら、ボクはふぅんと相槌を打った。

「あの後の部活で、ザクの走りがぶれとった。ボクはそれをキミの所為やと思とる。だから、一体何を話したんか教えてくれると有難いんやけど?」

ボクが言うと、みょうじさんは驚愕した表情を浮かべて足を止める。ボクも遅れて足を止めると、二人の間には微妙な距離が生まれた。元々彼女とはよく話す方ではないので、このくらいの距離が空いている方が普通かもしれない。そう思いながら、うるさいくらいの雨音を聞く。未だに傘を差さないみょうじさんは、へっくしゅんとくしゃみをした。靴も中まで水が入り込んでしまっているだろうに、気持ち悪くはないのだろうか。

「……普通そんなんより、何で傘差さんのって聞くんが普通じゃない?」

くしゃみをして「あー」と中年男のような声を出してから、みょうじさんは言った。心配してほしかったのかと一瞬思ったけれど、声音を聞いた感じからするとどうやら純粋な疑問をボクにぶつけてきただけらしい。ボクはため息ひとつついて、数歩後ろにいる彼女を見据える。

「理由の分かる事をわざわざ聞く馬鹿はおらんやろ」
「……理由、分かっとるん」
「その赤い目見たら分かるわ」

ボクの声を聞いて、みょうじさんはばっと自分の顔を手で覆った。
どうせ涙を雨水で隠そうとでもしたんやろという陳腐な予想は、どうやら大正解だったらしい。そして次に聞こえた言葉で、みょうじさんがなんで泣いているのか、それと同時にザクとみょうじさんが昨日何の話をしていたのかも知ることになった。

「……振られたんよ」
「は?」

てくてくと、みょうじさんは歩き始める。ボクも同じように歩きながら、唐突に聞こえてきた言葉を聞き返した。

「告白して振られたんよ。御堂筋くんとこの部活の、山口先輩に」

水気を最大限まで含み、ぼたぼたと水滴を滴らせている袖口を見ながらみょうじさんは話す。そういえば、あの黒髪のザクは山口とかいう名前だったか。普段は数字で呼んだりザクと呼んだりしているから、名前は少し朧げだ。

「今は部活に集中したいんやて」

そう言ったみょうじさんは少し恨めしげにボクを見た。しかしその目はやはり赤く、そして弱々しい。それにしても、ザクを好きになるような女子なんておったんやな、とボクは頭の中で呟いた。

「あんなザク好きになるとか、みょうじさん趣味悪過ぎちゃうの」
「……そんなことないと思うけど」

弱々しく反論するみょうじさんは、なんとなく今にも折れてしまいそうな印象だ。それでもまだなんとか虚勢を張っている。そんな彼女を見ていると何故かこちらまで心が痛んできて、自分でも何を思ったのかよく分からないまま、ボクはみょうじさんの方に傘を傾ける。
みょうじさんは驚いて、しどろもどろに「だ、大丈夫やよ!傘半分貸してくれんでも、ほら、さしてないだけで私傘持っとるし」とずっと右手に持っていた傘を掲げた。

「……ええよこのままで」

ぼそりとボクは言う。
みょうじさんはまだ何か言いたげに口をぱくぱくと動かしていたが、言いたい言葉が見つからなかったのか、暫くすると口を閉じて半分だけ差し出されたボクの傘に甘んじて入り込んだ。
傘に入ると顔が雨水で濡れることは無くなった。それ故に、みょうじさんの頬に流れる液体が涙であることを否が応でも理解せざるを得なくなった。泣いている女子は面倒臭い。だから、この傘の中だけでも、彼女の顔を濡らすものが無くなればいいと思った。そう思ったのは、泣いている女子は面倒臭い、本当にただそれだけの理由である。と、思う。
それにしてもザク、お前面倒な事をしてくれたな。

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