購買で買ったらしいミルクカフェオレにストローを突き刺し、ずうずうと女子らしくない音を立てて飲みながらみょうじは窓枠に肘を置いて頬杖をついていた。一気に吸い込んだからかカフェオレはすぐに無くなったようで、一分も経たないうちにズゴーとこれまた女子力の欠片も無さそうな音を響かせる。「はしたないぞ」と注意すると、「うっさい」とカフェオレを持っていない方の手をすぐ隣にいる俺の方に振りかざしてきた。今日のみょうじはちょっと機嫌が悪いらしい。

「これ、あんま甘くない。甘さ控えめのやつ避けて買ったのに」

親指と中指でミルクカフェオレの入っていた容器を摘まみ、窓枠から腕を出してそれをぷらぷらと揺らしている。一瞬窓から投げ捨ててしまうのかと思ったが、さすがに機嫌が悪いとはいえそんな事はしなかった。

「まぁカフェオレだからな」
「でも甘さ控えめって書いてなかったし。しかもミルクって書いてるし」
「でも根本はカフェオレだからな」
「新開が正論言ってるからかな、ウザいよ」

機嫌を損ねないように出来るだけ穏やかな笑みを浮かべながら言ってみたのだが、どうやら逆効果だったらしい。みょうじは平気で俺に「ウザい」と言ってのける。普段からこんな風に少しつんつんした性格をしているが、ウザいなんていう言葉は普段だったら尽八くらいにしか言わない。俺に言うのはそこそこ機嫌が悪い時で、半端なく機嫌が悪い時には靖友にも言う。
ちなみにどんなに機嫌が悪くても寿一には言わない。まず寿一はウザがられるような事をしないからだと思うけれど。
俺は購買で買ったチョコレートのお菓子をもそもそと食べながら、そこそこに機嫌が悪いみょうじを様子を観察する。みょうじは暫くカフェオレの容器を親指と中指でぷらぷらさせながら、窓から少し顔を出して下を覗き見ていた。

「甘いと思ったのに苦かった」

ぽつん、とみょうじが呟く。
どれだけカフェオレの事を引きずっているんだ、と俺は少し呆れる。けれどその声は怒った風ではなくなんとなく消え入りそうで、しかも窓から出した顔を俯かせたままだった。それを不審に思った俺がみょうじがしているように顔を窓から覗かせると、だいたい10メートルほど下の地上にて、見慣れた黄色い頭が見えた。みょうじの機嫌がどんなに悪くても決して暴言を吐かれない寿一である。そしてその横には、寿一のクラスの何度か見たことのある女子が立っていた。ここは四階なのでさすがに地上でなされている会話は聞き取れないが、どうやら何か話しているようである。鉄仮面と呼ばれるほどの寿一の表情からは何も読み取れないけれど、その隣にいる女子は何やら楽しそうだ。
俺がその二人の存在を確認すると、みょうじの方から「ぐちゃっ」と奇妙な音が聞こえる。ふと横を向くと、みょうじが先ほどまでぷらぷらとさせていたカフェオレ容器を握り潰した音だった。容器はそれほど硬い素材で出来てはいなかったので簡単に握り潰せる物だったが、握り潰したみょうじの表情があまりにも何とも言えないもので、俺はかける言葉が見つからなかった。
みょうじはいかにも機嫌が悪そうに、吐き出すように「恋というのもそうだね、甘い物だろうと高を括ると苦い思いをする」と言った。

「……おめさん、寿一が好きなのか?」

自分でそう聞きながら、信じられないとでも言いたげに俺は目を見開いた。
普段からつんつんしているみょうじが誰かに恋なんて、考えたことも無かったのだ。それにもし恋しているとでも言うのなら、相手はせめてよく話す靖友とか、邪険に扱って気心が知れている尽八とか、そしてクラスも同じで大抵いつでも隣にいる俺とか、そういう類の人間だと思うのが普通だろう。普段なかなか話さず、少し遠慮して接しているように見えていた寿一に恋なんて、と何故だか俺は頭の中で自分の考えを否定した。

「……普通そんな事聞く?」

潰した容器を指の腹で撫でながら、だるそうな声でみょうじは言った。それに頷いてみせると、彼女は胡散臭そうにこちらを見る。

「だって、そういうのは気になるもんだろ」
「えー……普通ただのクラスメイトの好きな人とか気にならんでしょ。新開どんだけ私の事好きなの」
「何言ってんだおめさん」
「冗談だよ、それくらい分かりなよ」

力なくけらけらと笑うみょうじを見て、俺は少しどきりとした。
どんだけ私の事好きなの、と聞かれた時、心臓がほんのちょっとだけ跳ねた。自分の中で認めたことは一度として無かったが、俺は何度かみょうじの事が好きなのかもしれないと思ったことがある。それは常に一緒にいるからそう思い込んでしまうだけだ、と考えていた。けれど俺は今、みょうじが寿一を好いているという事実に嫉妬して、みょうじにただのクラスメイトだと言われたことに悲しんだ。
つまりそれは、そういうことなのだろう。

「あーあ。あの女の子、福富に気がないと良いな。福富もあの女の子に気がないと良いな」
「……だと良いな。それならおめさんの機嫌も良くなるだろ」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だ」

もう既に原型をとどめていない、思いの外甘くなかったカフェオレの容器を両手で包み込みながら、みょうじは俺の方を睨んだ。
みょうじの機嫌が直るなら、そしてそれなりにみょうじが幸せになるのなら、みょうじの恋が叶うのも良いかもしれない、と思う。けれど心の奥で、俺の想いも実ると良いな、とも思う。
そんなまとまらない考えのまま、まだ手の中にあったチョコレートのお菓子を口の中に放り込むと、舌がでれっとしてしまうほどの甘さを感じた。

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