俺のクラスのみょうじなまえは、石やんこと石垣光太郎の事が好きなようである。
部活で外周をしている時にふと目をやると帰宅中であるみょうじが石やんをガン見している事があったり、部活の事を話すために石やんが俺のクラスまで来るとみょうじがそれを離れた場所で見ながらそわそわしている事もあったり。そして極めつけには、激しくもじもじしながら俺に「い、石垣の誕生日いつなのか教えろ……!」と脅迫してきたこともある。どんだけベタ惚れなんやと突っ込んだらいつもいつもそんなんじゃないわと怒るけど、これだけあからさまな態度を取っておいて違うと言い張るのはかなり無理がある。

「はよベタ惚れやって認めた方が楽になるで」

今日も今日とて石やんの事を遠くからガン見していたみょうじにそう声をかけると、みょうじはとんでもないとでも言いたげに頭をぶんぶんと横に振る。

「べ、別にそんなんちゃうし。マジで辻、そういうん見る目無いんちゃう?」
「俺んとこの部活の後輩にもバレとるで、みょうじは石やんにお熱やって」
「は!?うそ、マジで」
「嘘。カマかけただけや」
「なんや辻しばくで……!」

ちょっとカマをかけただけであわあわとするみょうじ。その姿を見られてしまえばもう誤魔化しはきかない。そう悟ったのか、みょうじは誤魔化すのではなく俺をしばくという方向に発想を転換させる。しばいたからといって、忘れられるもんでも無かろうに。

「もうちょい素直になってもええんちゃう?みょうじツンツンし過ぎやろ」
「……恥ずかしいやん、好きってバレるん」
「石やんは鈍いからバレとらんけど普通の人間やったらみょうじの行動見ただけで分かるで」
「えっ」

雷鳴が轟いたかのように驚愕するみょうじを見て、こいつ自分では隠し通せとるつもりやったんか、と少々呆れた。確かに好きだと言ったりすることは全くないけれど、行動を見ればすぐ分かる。俺はさほど恋愛事に敏感ではないけれど、それでもすぐに気付いた。井原は気付いていないらしいがあいつは例外ということで一旦置いておく。

「そ、そんなに分かりやすい?SNSとかで彼氏とのプリクラをアップするような奴等よりましや思てたんやけど……!」
「そういう奴等よりましやけどそういう奴等と同じくらいダダ漏れやで」
「嘘や……!」

みょうじはまるでこの世の終わりでも見たのかと思うほど絶望した表情を浮かべる。それがなんだかちょっと哀れに見えた。というかそういう奴等よりましなんだろうか、とふと疑問を抱く。外周時に石やんをガン見しているみょうじは既に自転車競技部の名物化しているほどである。でもとりあえず、それはみょうじに言わない方が良いだろう。恐らく今以上に激しく取り乱す事になる。今もなかなかに取り乱してはいるが。

「ダダ漏れなんやから、もういっそのこと素直になりや」

親が子どもを慰めるような口調で俺はみょうじに聞いたが、みょうじはまたもや頭をぶんぶんと横に振った。一度染み付いてしまった習慣はなかなか取れないようで、なかなか素直になれないらしい。なんと面倒臭い性格なのだろうか。

「だって、石垣の近く行くと緊張してガチガチになるんよ。んで全然話せんし、上手く声も出んし。やから素直にとか無理」
「重症やなぁ」
「皆そんなもんちゃうの?」
「ちゃうなぁ」

一部の人間はそんなもんかもしれないが、みょうじのようにここまで徹底して素直になれないような人物はなかなかいないと思う。その旨を伝えるとみょうじはまたカルチャーショックを受けたらしく、まじか……と呟きながら遠い目をしてみせた。こいつ大丈夫やろか。
意気消沈しているみょうじを申し訳程度に励ましていると、廊下の向こうから何やら見覚えのある姿が見える。それは段々近づいてきて、段々と顔がはっきり見えてきた。その顔はとても見慣れた好青年のもので、俺が「あ、石やん」と呟くと遠い目をしながら別方向を向いていたみょうじの顔がぐるん、と音を立てそうなほど勢いよく石やんの方に向いた。そういうところが隠し切れてないんやでと言いたかったけど、今は石やんの御前である。だから一応、恥をかかさないように黙っておいてやった。

「ごめんな、昨日の部活で伝え忘れてた事あってな」

石やんは俺の目の前で立ち止まると、そう言ってファイルに入ったプリントを手渡してきた。今週中に目を通しといてくれ、と爽やかに言うので俺は静かに頷く。その間みょうじはしっかりと石やんを見つめ、一言も聞き漏らさないように耳をそば立てていた。それ、相手が石やんやから気付かれんで済んどるけど、石やん以外やったらバレバレやで。そう言いたかったけど、やはり石やんの御前だから黙っておいた。

「とりあえず伝えることはそのくらいやな。そんじゃまた部活でなー」
「あぁ。じゃあ部活で」

俺にプリントを渡し終えた石やんは、そう言って手をひらひらとさせ体を反転させようとする。俺はちらりとみょうじの方を盗み見たが、みょうじは近くで石やんを見れた事が嬉しかったらしく、珍しくふわふわとした顔をしていた。話しかけたりしなくて良いのだろうかと思ったが、本人が幸せそうなのでまぁ構わないだろう。それに話しかけても緊張し通しで、きっと生産的な会話は生まれないと思う。
俺がそんな事を考えていると、石やんは何かに気付いたかのように反転させかけていた体の動きを止めた。そして目線を少し下げ、俺の傍にいるみょうじと目を合わせる。

「みょうじさんも、またな!」

純真無垢で好青年風な笑顔を浮かべ、石やんはみょうじに挨拶する。あまり話したことのない女子にも爽やかに挨拶するあたり、石やんは本当に出来た人間だ。
そう感心しながらまたみょうじの方を見ると、それはそれは驚いたというような表情をしており、口をぱくぱくとさせている。恐らく突然された挨拶に緊張してしまっているのだ。俺は心の中で、頑張れ、とりあえず普通に挨拶し返せ、と応援した。何回も言うが、声に出さないのは石やんの御前だからである。
みょうじは意を決したように石やんの目を見た。少々目が泳いでいるような気がしなくもなかったが、とりあえず及第点だと言えるだろう。ギリギリ。そしてまた意を決したように口をしっかりと開く。まだ声は出ていないが、これもまた及第点だと言えるだろう。ギリギリ。その状態でみょうじの動きが止まる。その間も俺が心の中でみょうじにエールを送っていたからか、はたまたそれ以外の理由のためか。そこらへんのことは分からなかったが、その数秒後にみょうじはやっと声を出した。

「お……おう」

返事としては成り立っているが、何となく女子らしくない返事の気がした。そしてあまり愛想の良い返事とも言えなかった。
あんだけ勇気振り絞っといてこれかい、と思わなくもなかったが、石やんは全く気分を害さなかったようで笑顔のまま体を反転させて廊下の向こうに去っていった。

「……つつつつ辻!私石垣と話せた……!!」

石やんの姿が完全に見えなくなってから、みょうじは興奮したように話しかけてきた。あれを話したというのだろうか、と先ほどの挨拶を思い出しながら、俺は苦笑いをしてみせた。

「……まぁ、これから慣れていけばええな」

俺がそう言うと、みょうじは「そんな何回も話したら緊張で死ぬ……」と言ったので、俺はまた笑ってしまった。

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