私にはとてつもなく苦手な人物がいる。その人物というのは美形でトークも出来て運動も出来てクラスでも人気者で普通の高校生の癖に芸能人のようなファンクラブも存在しているという、おおよそ否定すべきところが見つからないような人物である。名を、確か東堂尽八という。正直苦手な人物ということで下の名前は少々朧げなのだが、恐らくこのような名前だったはずである。名前に「尽くす」という漢字が入っている癖にどちらかといえばお前は女に尽くされる側だろうと思った事も何度かあるし、パチと呼ばれてぷんすかと美形である者以外がそのように怒れば即刻遠巻きにされてしまうような顔をしていたことも記憶に新しい。以上の事から考えて、彼のフルネームは東堂尽八で間違いはない。
話が少々逸れた。
繰り返し述べるが、私は東堂尽八という男が苦手である。その輝かんばかりの顔や功績が疎ましく、そしてちょっとばかり鼻持ちならない性格も疎ましい。ここで一言注意書きを付けるならば、私は東堂尽八が嫌いなのではないということだ。疎ましく思い苦手だと確信はしているが、私は東堂尽八の事が嫌いな訳ではなかった。
ただ、少々ナルシストのような発言やカチューシャから中途半端に飛び出た哀れな前髪の一部を見る度に、嫌いではないものの「あーなんか東堂見るとイラっとするなぁ」と私の前頭葉辺りがモヤモヤとするのであった。

「なまえちゃん!何故無視をするのだ!」

私がこのように苦手な東堂尽八の事を長々と説明しているのは何故かと言うと、今現在このようにして目の前の状況から現実逃避するしかないからである。この状況を簡単に説明すると、放課後の教室に私と東堂尽八の二人が存在している。
……東堂尽八とフルネームで述べるのが面倒になってきたので、ここからは東堂と述べることにする。
私は明日提出のプリントを教室に忘れてしまい、それを放課後になって気付き取りに戻ってきたのだ。そして何の因果かは分からないが、東堂も全く同じ状況だったらしい。制服ではなく部活指定のユニフォームのようなものを着た東堂は、同じ立場である私に声をかけてきた。今東堂が必要以上に私に詰め寄っている理由は、声をかけてきた時に私が満足な返答をしなかった所為であろう。決して無視したつもりではないのだが、小声で、そして素っ気なく、そしてどうでも良さそうに、そしてあさっての方向を向きながら返答とは呼べないほどの返答をしたのは私が東堂を苦手な人物だと認識しているからである。それ以外の理由などない。けれど東堂はそれを理解しているのかしていないのか、私にずんずんと近寄ってくる。恐らく理解など毛頭していない。
美形だと呼ばれる理由である整った顔に、美形にしか許されていないであろう「ぷんすか」という感じの表情を浮かべ、東堂は私から視線を外さない。私と東堂の距離はなかなかに縮まっており、腕を伸ばせば手のひらと腕の関節の丁度真ん中辺りが東堂の肩にクリティカルヒットするほどの距離となっていた。クリティカルヒットをかましたくなる気持ちもないではなかったが、かましたが最後、東堂に今よりうざ絡みをされることが目に見えている。故に私は冒険はしなかった。

「話しかけられたならば其れ相応の返事をせねばならんぞ!そうしないとそのうちなまえちゃんの社交性は枯れてしまう!」

「ぷんすか」しながら東堂は力強くそう述べる。
正直私は東堂以外の人物とはそれなりに会話をするしコミュニケーション障害という訳でもないので私の社交性が枯れることは恐らくこれから無いであろうし、それより何でお前は私を下の名前で呼ぶんだという疑問が頭の中でグルグルと回っていた。しかし東堂という人物は、部活の時はどうだかよく分からないが、学校生活の中では文系男子大学生のような軽いノリで過ごしているところが多く見受けられる。だからあまり話したことのない女子の事も、同じクラスに在籍しているという理由で下の名前で呼ぶのだろう。
私は少々ため息をつきたくなった。

「あー……はい」

先ほど東堂に「返事をしろ」と言われたばかりなので、東堂の発言に対して返事をしてみせた。とは言っても馬鹿正直に従うのは癪に触るので目は合わせない。東堂から顔を逸らして態とらしく視線を斜め下方向に見える机に投げかけると、まだぎりぎり視界に入っている東堂は更に顔を歪ませた。

「返事をする時は相手の顔を見るべきだ!話し相手に悪印象を与えてしまうぞ!」

それならば今の私は東堂に悪印象を与えているということになる。だったらさっさと目の前から去ってくれれば良いものの、東堂は私の元から一向に去ろうとする気配を見せない。子どもに礼儀を教育する親の気分にでもなっているのだろうか、そう考えて私は更に「東堂めんどくさい」と思うのだった。

「そんな面倒そうな顔をするななまえちゃん。以前から思っていたのだが、なまえちゃんは俺に対して神がかり的に愛想が悪いな」

気付いているならばさっさとプリントを回収して部活にでも何にでも向かってしまえ、と私は思う。否定する気を微塵も見せない私に東堂は少し面食らったようでパチというクラスの数名にふざけて呼ばれるあだ名のように目をパチパチさせ、そしてどのような結論に辿り着いたのかは分からないが一人でふんふんと頷き始めた。その様子は筆舌に尽くし難いほどお前頭大丈夫かと思わざるを得なかったが、さすが美形であるが故にとりあえず様にはなっていた。美形というのは生まれた時から人生イージーモードなのだなと痛感した。そしてその前髪を引っこ抜いてやりたいとも思った。さすがに行動には移さなかった。
そんな美形東堂は何をどう悟ったのか、それなりに近しい位置にいた私の両肩に両手をぽふ、と軽い音を立てながら乗せた。いや、乗せたというよりは掴んだと言う方が正しいだろうか。何にせよ私の両肩に触れ、そして美形であるが故に認められているとびきりの笑顔を私に向ける。そして何を思ったのか、そのとびきりの笑顔に似合う明るい声で、しかもそれなりに近くで喋るので、私の鼓膜は「会いたくて会いたくて震える」という歌詞を軽く凌駕するほど激しい震えを見せた。実際に見た訳ではなく比喩である。

「なまえちゃん、今まではこの東堂尽八が恐れ多くてなかなか会話のキャッチボールが出来なかったのだろう!だが心配するな、徐々に慣れていけば良いのだ。俺もなまえちゃんの事を好ましく思っていたところだから、これから仲良くしようではないか!」

鼓膜が異様に震えてしまっているので、言葉が正常に聞き取れていないのではないかと文字通り耳を疑った。だが東堂の表情をちらりと見たところ、どうやら聞き取れた言葉に間違いはなかったようで、ニコニコと東堂ファンクラブのメンバーが見れば卒倒でもするのではないかというほどの笑顔でこちらを見つめている。
正直私は心臓に悪いこの状況から脱出してしまいたかった。しかしここで私の本心である「私は東堂尽八が苦手だ」という旨のことを東堂に伝えると、話は更に長くなる気がしないでもない。場合によってはあと30分ほど拘束される可能性も無くはない。私はそれを恐れ、強張った口を無理に動かし、普段なかなか使うことのない表情筋を駆使し、笑顔に見えなくもないというレベルの表情を浮かべて、屈辱ではあるが東堂に向かって「は、い」と頷いたのであった。この時私は今世紀最大の勇気と根気と我慢強さを消費したのではないかと、後々になっても思う。

私にはとてつもなく苦手な人物がいる。その人物というのは美形でトークも出来て運動も出来てクラスでも人気者で普通の高校生の癖に芸能人のようなファンクラブも存在しているという、おおよそ否定すべきところが見つからないような人物である。しかし、否定すべきところを最近私は見つけてしまった。私が彼を苦手だからこそ避けているのに、彼はそれに気付かず、そして仲良くしようとまでのたまうとてつもなく鈍い、そして勘違いも甚だしい人物だということだ。
名を、確か東堂尽八という。

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