車に積んでいた自転車を下ろしお客に丁寧に対応するみょうじを見て、慣れたもんだなと感心した。
高校の同級生であるみょうじは、高校卒業時から今まで、俺の家の自転車屋のバイトをしている。大学に通いながらも授業以外の時間は全てこのバイトに当てているようで、ほぼ毎日うちで自転車を弄くっている。そんなみょうじを今日は自転車の配達に連れ出してみたのだが、あいつはかなり愛想や要領が良い方なので特に俺が何か教えることもなく、無事に注文されていたクロスバイクはお客の手元に届いた。
お客に丁寧に頭を下げ、俺とみょうじは車に乗り込む。後ろに乗せていた自転車が無くなったので後部座席にも乗れなくはなかったが、みょうじはいつものように助手席に座った。

「これで配達終わりだよね?」
「あぁ。お疲れさん」
「寒咲くんも運転お疲れ」

シートベルトを締めながら、みょうじは労いの言葉を述べた。それに相槌を打ちながら、俺はアクセルを踏む。ゆっくりと動き出した車は、数十メートル先の交差点を曲がる頃にはそれなりのスピードになっていた。暫く走っていると窓を開けていいかとみょうじが聞いてきたので、生返事で返す。それを聞いたみょうじは手元にあるボタンを押して、窓を半分ほど開けた。少しぬるい風が車内に吹き込んできたので、赤信号で止まってから、換気のために運転席側の窓も半分ほど開けた。あまり交通量の多くない道路だからか、辺りは比較的静かだ。

「みょうじー」
「なーにー」

あまりに静かだから、何となく口を開く。語尾を伸ばして名前を呼ぶと、みょうじも同じように語尾を伸ばして返事をしてみせた。

「お前さ、大学どうよ」
「えー、ふつーだよふつー」
「普通ってなんだよ」
「レポートとかプレゼンテーションとかはめんどくさいかな」
「へー」
「聞いといて興味無さそう!」

大学の事を聞いてみたが、聞いた後に特に興味が無いことに気がついた。そして曖昧に返事をすると、みょうじはぷんぷんと擬音語が付いてそうな雰囲気で憤慨する。けれどそれがあまりにも怖く見えなかったため声を上げて笑うと、顔をしかめながら「青信号だよ」とむすっとした声で言われてしまった。
アクセルをまた踏んづけながら、俺はまた聞く。

「みょうじさ、バイトばっかしてて構わねえのか?」
「どゆこと?」

みょうじは眉根を動かしながら疑問符を浮かべたので、俺は言葉を付け加える。

「サークルとか友達とか彼氏とか、そういうもんに時間割いた方がいいんじゃね?」

右方向にハンドルを切りながら言ったので、左の助手席にいるみょうじの顔は見えなかった。けれどくるくるとハンドルを回転させていると、はぁ、と特別大きなため息が割とはっきりと聞こえる。右に曲がりきり、わき見運転にならない程度にちらりとみょうじの方を見ると、あいつはしおらしく、そしてわざとらしく肩を竦めていた。

「サークルは入ってないし、友達はお昼ご飯の時くらいは一緒にいるよ。だから寒咲くんがオカンみたいにそんな事気にしなくていーの」
「なるほどな。彼氏は?」
「こんなにバイト入れてるくらいだからいないって気付くでしょ」
「予想はしてたけどな」
「ひっど」

俺が言うと、みょうじはそれなりにひどい顔で俺の方を恨めしく見つめてきた。その顔が妙に面白かったのだが、ここで笑ってしまうと恐らく軽く殴られてしまう。手加減はしてくれると思うが運転中に危険を冒す気はなかったので、唇をきゅっと締めながら耐えた。みょうじはそれが面白くなかったようで、窓に肘を付きながら外に目を向けた。

「寒咲くんは?」
「は?」
「仕事ばっかしてないで、友達とか彼女とかに時間割いたら?」

ついさっきまで面白く無さそうな顔をしていた癖に、今度は楽しそうな声音で俺に対して質問をぶつけてきた。恐らくこれは、先ほどの俺への仕返しだ。全く良い性格してやがるな、と心の中で呟く。

「友達とはちょいちょい連絡取ってるから構わねえよ」
「へーえ。彼女は?」
「いたらこんなにフルタイムで働いてねーよ」
「あはは、だよねぇ」

先ほどの会話と同じような掛け合いをすると、みょうじは面白そうに笑い声をあげた。
車は海沿いを走る。みょうじが開けた左側の窓から、ふわりと潮の匂いがした。

「すごいしょっぱい匂いする」
「海の香りって言っとけ」
「そんな丁寧に言わなきゃだめかなぁ」

笑い声をあげていたみょうじは静かになり、窓の方を向きながら鼻をすんすんと鳴らしながら潮の匂いを嗅いでいた。それはまるで小型犬のようで、自然と頬が緩む。この後に特に仕事も詰まっていないので道の脇に車を止めると、みょうじは嬉しそうに表情を輝かせた。

「海、好きだったか」
「別にそういうんじゃないけど、久しぶりに見たらなんか良いなって思って」

高校三年以来かな、とみょうじは呟く。それを聞いて、俺は高校生の時の記憶を僅かながら思い出した。
確かあれは、夏休み終了直前だったと思う。三年のクラスで、最後の思い出にと海に行くことになったのだ。それで行ったは良いものの、その当時俺たちのクラスにはクラス内カップルがとても多く、ほとんどの奴らは恋人と暑くて熱いひと時を過ごしていたようだった。そして当時今と変わらずお一人様だった俺は、今と変わらずお一人様だったみょうじと二人で意味もなくぼんやりと過ごしていた。

「高三の海とか、俺あんま良い思い出ねえんだけど」
「奇遇だね。私もたった今そのエピソードを思い出したところだよ」
「今も昔も恋人無しだぜ俺ら」
「言うなよ、寂しくなるじゃん」

はは、と乾いた笑みを浮かべるみょうじ。それに合わせて、俺も愛想笑いをしてみせた。
二年前の高校生の時も、そして現在でも恋愛事には全く関わっていない俺たち。せめて来年には、お互い恋人が出来ているだろうか。それを想像しようとしたが、まるで脳内にフィルターがかかっているかのようにその光景を思い浮かべることは出来なかった。

「……なんか来年も再来年も、みょうじと海見ることになる気がしてきた」

俺がそう言うと、みょうじは半笑いで「確かに」と同意した。

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