夕飯に使った食器を流し台に持っていき、それから部屋の隅に置かれているベッドに腰掛ける。腰掛けるだけでは飽き足らず来客用スリッパを脱いで壁に背をくっつけると、家主である福富から「食べてすぐ横になるのは良くない」と事前に注意された。横になるつもりは無かったものの、ちょっと背筋をぴんと伸ばす。そんな私を横目で確認して、福富はデスクに座ってノートパソコンを開いた。かたかたとキーボードを叩きながら作成しているのは、きっと大学で出された課題なのだと思う。取っている授業が違うので確信は持てないが、恐らくそうであろう。

「レポート?」
「ああ」
「いつ提出?」
「来週だ」

返答を聞いて、福富は真面目だなぁと思う。ここからは遠目にしか画面は見えないけれど、今福富が作成しているレポートは四分の三ほどは出来上がっているように見える。きっと、最後の考察を書いてしまえばもう終わりだろう。私は課題をぎりぎりまでやらない人間なので、凄いな、と感嘆の目を向けた。

「みょうじは無いのか」
「何が」
「課題が」
「今んとこないよ」

そう答えて、ふあ、と欠伸をする。
課題が出されていても私はのんびりしていることが多いが、課題が出されていないとなるとよりのんびりと大学生活を送ることになる。だからこんな風に、課題のない日は頻繁に福富のマンションに訪れるのだ。自分の部屋でのんびりするのも良いが如何せん部屋が狭い。ならば女友達の部屋を訪れれば良いのかもしれないが、高校時代の仲の良い友達はほとんど別の大学に進学してしまい、大学でも女友達は出来たもののまだ部屋に訪れるほどの仲の良さには達していなかった。福富のマンションの部屋は広い。そして高校時代、結構仲が良かった方だと思っているので、いつも私は気兼ねなく福富の下宿を訪れた。
かたかた、とキーボードの音がする。それが途切れることのないあたり、レポートは福富の頭の中できっちりと構成されているのだろう。福富は金髪な癖に全教科得意で頭が良い。金髪は関係ないかもしれないけれど。
そんな福富を尻目に、私はベッドに座りながら携帯を弄る。いつものことだけれど、福富と私の間に会話はあまりない。近隣の迷惑になるためあまり大声で話せないというのも理由のうちの一つだが、第一の理由は、私と福富の共通の話題が著しく少ないということだった。これは高校時代からずっとそうである。しかしそれでもなかなか良好な友人関係が築けているので、私はそれを気にしたことがない。恐らく福富も気にしたことがない。何故そんな状態で良好な友人関係を築けているかというのは、私にはわからない。きっと頻繁に話さなくていいというのが気楽なんだろう、と自分の中では結論付けている。
携帯をぺたぺたと触りながら遊んでいると、不意に福富が声をかけてきた。けれど顔はノートパソコンに向かったままだ。

「みょうじ」
「ん、何?」

私も携帯から顔を上げない。画面をフリックしてパズルアプリで遊んだまま、福富の声に反応する。顔はパソコンを向いているが、キーボードを叩く音は途絶えていた。私がぴこんぴこんと音をさせながらアプリで遊んでいるので、気を散らせてしまっただろうか。アプリを終了させるべきだろうかと考えていると、福富はいつもの低い声で話した。

「お前は、いつもこの時間何をしているんだ」

聞かれたのは、何とも普通の世間話だった。携帯の画面から顔をあげ、福富の後ろ姿を見る。ベッドに座っている私は福富の真後ろに位置しているため、ノートパソコンに写っているであろう福富の表情を見ることは出来なかった。
福富から、こんな特に重要でもない話を持ちかけてくるのは珍しい。そう思いながら、私は部屋にかけられた時計を見て、この時間は何をしているだろうか、と考えた。

「ええと、だいたい家にいる。ご飯食べてる」
「それ以外は?」
「たまにサークルの友達の外食したりもしてるよ」
「誰かの家にいたりはするのか」
「福富のとこにいたりするよ」
「俺以外でだ」
「家に入り浸るほど気心知れてんのは福富くらいだよ」

今日はやけに会話のキャッチボールが続く続く。キャッチボールといっても福富がひたすら投げ、私はひたすらキャッチャーの役割を果たしているだけなんだけど。

「今日はよく喋るね」

そう私が笑うと、福富はこちらを振り返る。高校時代は鉄仮面と言われるほどの無表情だったのに、今日はどこか困惑した表情を浮かべていた。珍しいこともあるもんだ。

「そうだな」

福富はそれだけ言う。
何をどう言えば良いか分からず、とりあえずそう答えた、と言いたげな表情をした。今日の福富は、表情も雄弁である。なんかあったの、と聞くと福富は首を横に振った。どうやら特別何か出来事があった訳ではないらしい。
そっか、と私が呟くと、今までこちらを見ていた福富は少し視線を下げた。「だが、」と歯切れ悪そうに声を出す。
なんだかそんな福富も珍しくて、私は今まで陳腐なBGMを流しっ放しにしていたアプリを終了させた。そして福富の方をきちんと見る。
福富は二、三回瞬きをする。彼の小さな黒目はどこか一点を見つめているように見えたけれど、実際は何にも焦点を合わせていなかった。

「なんだか急に、変な気分になった」
「変な気分?」

変な気分、とは何だろうか。
福富の言ったことに首を傾げると、福富は続ける。

「みょうじが、俺以外の奴のところでもこんな風にしているのかと思うと、変な気分になった」
「こんな風に、って?」
「誰かの家に入り浸っている、とか」
「とか?」
「……まぁそういう感じの事だ」

ごにょごにょ、とでも言うかのように福富は言葉を濁した。こんな福富は正直初めて見た。いつも堂々としていて、何の驕りもなく「俺は強い」と言ってのける福富が、少しとはいえ何かに動揺しているのを、初めて見た。そしてその動揺している原因は、福富の言う「変な気分」の事だろう。

私は福富の「変な気分」の正体が、なんとなく分かっていた。
けれどそれは、今までの私と福富の関係をごっそりと変えてしまうであろう感情だ。
その正体を福富に教えてしまって、その上で福富の感情をまるっと受け入れてしまうことは私にとってとても簡単だ。
でも、ごめんね福富。
私は今の、良好な友人関係をもう少しだけ続けていたい。それにその正体というやつは、私自身の口から言うのは少し恥ずかしい。
そして正体を教えてしまうのは、何も急ぐ問題ではないだろう。

「福富の言ってること、よくわかんないよ」

私はいつものように、控えめに福富に笑いかけた。
福富は福富で「俺もだ」と言った。

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