テーブルに備え付けられたボタンを押す。どこか遠くでベルの音が鳴り、ほどなくして私達のテーブルに店員が柔らかい笑みを浮かべてやってきた。「ご注文承ります」と綺麗な声で滑らかに話す店員に、私の目の前にいる靖友は「ベプシと唐揚げで」といつもと同じ注文をする。ロードレーサーなのに栄養面のバランスとかカロリーとかそういうのは考えないのだろうか。はたまたベプシと唐揚げしかメニューが分からないのだろうか。そんな疑問を頭の中でぐるぐるとさせながら、こちらに目配せしてきた店員に「私はアイスティーで」と控えめに言った。

「なまえは何か食わねェの?」

店員が注文を繰り返し、そして去った後、靖友は私に言った。
日曜日のお昼時。普通はがっつりとご飯を食べるべき時間帯なのだろうけど、私はというと、今あってしかるべきの食欲が全くなかった。ぱらぱらと意味もなく手元にあるメニューをめくり、うーん、と言葉を濁す。

「最近食欲ないんだよねー。あまり食べられないの」
「なァに、久々のデートだから緊張してるとかじゃなくて?」
「そんな、初デートでもないんだから」

はは、と笑うとふぅんと靖友はテーブルの対面に座る私をじっくりと見る。何を見ているのだろうか。服装に変なところでもあるのだろうかと今日着てきた服を確認してみたが、変なところは特には見つからなかった。

「どっか変?」

自分では気付かないところが変なのかもしれない、と思い靖友に聞くと、「ハァ?」と靖友は眉根を寄せた。たぶん私の言ってる意味がわからなかっただけなんだと思うけれど、さすが元ヤン。ちょっと睨みをきかせただけですごい迫力だ。

「だってめっちゃ私の方見てるから。何か変なとこあるのかなって」
「あー、なるほどな」

説明すると、靖友は睨むような表情をゆっくりと元に戻す。
「お待たせ致しました」と凛とした声が聞こえると、店員が私達のテーブルにことん、とベプシとアイスティーを置いた。特にどちらがどちらとも確認することなく、ベプシは靖友に、アイスティーは私に。うん、間違ってない。
頭を下げて店員が遠のくのを見送ると、靖友が口を開いた。

「確かに痩せたなって思ってヨ」
「何が?」
「なまえが。食欲ねェって言ってたから」
「ああ」

既に突き刺されたストローを口に咥えて、アイスティーを飲む。一口飲んでからガムシロップを入れ忘れた事に気づき、添えられたガムシロップを開けてアイスティーに垂らした。私がそんな事をしている間にも、靖友はベプシを遠慮なくごくごくと飲んでいる。そんなに勢い良く飲んで、気持ち悪くならないのだろうか。

「痩せたっつっても病的ってほどじゃねェけど」
「体重はそんな変わってないんだよ」
「じゃあ筋肉が落ちただけかもな」
「それは嫌だな……脂肪だけ残ってるってことかな」
「そうじゃねェの?どうせ運動してねェんだろ」
「してない……。運動してないからお腹減らないのかな」
「よく知らねェ」
「えー」

アイスティーの中に入っている氷をストローでからからと回す。
靖友の言っていることは正しいかもなぁ、と頭の中で考える。そういえば最近、運動をしていない。動かないからお腹も減らないのかな。現に今だって、なんだかんだアイスティーを飲むだけで満足してしまう胃袋だ。朝だってロールパン一個で充分なくらい。朝は皆食欲が無いものだと思うけれど、私は特にそうである。でも今は大丈夫でも、こんな食生活を続けていたら体調を崩してしまうだろう。

「運動したらいいかな」
「アー。つーか痩せて貧相だから筋肉付けること目標にしたらァ?」
「靖友は女心というやつを解する気がないみたいだね」

貧相って、と私が言及すると、靖友はだって事実じゃなァいと言ってニヤニヤする。彼女が痩せていたら、スタイル良くなったねとか言って褒めるもんじゃないのだろうか。私は悔しいことに靖友が初めての彼氏なので世の中の普通の彼氏像がよく分からないが、たぶんそうだと思う。少なくとも筋肉を付けろとは言わないと思う。
もやもやした気持ちで靖友を睨み付けていると、靖友が注文していた唐揚げが運ばれてきた。ふわりと鶏肉のいい匂いがする。

「……靖友さ、ロードレーサーなのにそんな脂肪分の権化みたいな唐揚げ食べてていいの?」

貧相だとか筋肉付けろだとか言われた腹いせに、ちょっと意地悪な事を言ってみる。けれど私のそんな小さな反抗を靖友は物ともしない。

「筋肉付けるにはまず脂肪分が必要なんだヨ。後輩がよく言ってた」
「あ、泉田くんのこと?」
「そーそー」

靖友の話に出てきた後輩が、かなり美しく鍛え上げられた筋肉をお持ちの泉田くんだということは瞬間的に分かった。彼の言うことなら、それはきっと正しいのだろう。筋肉の話に限り。他も正しいかもしれないけど。
へぇ、と頷きながらアイスティーの中の氷を、またストローでかき混ぜる。そんな事をしていると、靖友は唐揚げにフォークをぶっ差しているのが目に入った。
フォークで食べるんだ。
ぼんやりとそんな靖友を可愛いなぁと思っていると、今度は唐揚げがぶっ差さったままのフォークを私の目の前に突き出してきた。肉汁が飛びそうな勢いで突き出してきたので、私は当然仰け反った。

「……なァに避けてんの」
「唐揚げ突き出してこられたらそりゃ避けるでしょ」
「いや、食えヨ」
「え、なんで?」
「あーん」
「んぐっ」

靖友は何故か私に唐揚げを食べさせたいらしい。
あーん、と言いながら靖友が差し出した唐揚げは私の唇に激突し、その勢いで口が緩んで唐揚げが入り込んできた。さすがファミレスの揚げたて唐揚げ、美味しい。美味しいけれどさすがファミレスの揚げたて唐揚げ、熱い。超熱い。
はふはふと息を吸い込みながら唐揚げを咀嚼して、時間をかけて飲み込む。そしてアイスティーで口直しをしながらぎろりと靖友を見ると、悪びれもしない顔で残りの唐揚げをもぐもぐと食べていた。

「何すんの……唐揚げ超熱かった」
「揚げたてだからナ」
「そうだね。だから超熱かった」
「揚げたて美味しいネ」
「ちょっとは反省してくんない?」
「やだヨこれから筋肉になる脂肪分分けてあげたじゃん」
「靖友の理論よくわからん」

痩せたのを貧相だと言ったり、筋肉を付けろと言ったり、かと思えばあーん、としてきたり(しかも唐揚げで)。靖友はこちらがびっくりするほど女心が分かっていないと思う。ため息をつきたいけれど折角の久しぶりのデートだし、と喉の奥にぐぐぐと押し込めると、変な顔、と靖友は笑った。

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