校長先生の話。PTA会長の話。送辞、それから答辞。どれも内容は頭に入ってこない。体育館前方に並んで座っている三年生を見ながら、その中にいるであろう見慣れた後ろ姿を探す。でも大勢の中からただ一人を探すのは思ったより難しく、お目当ての人のクラスさえも分からないので居場所の見当すらつかない。思わず出そうになるため息をこらえて、姿勢を崩さずずっと前を向いていた。
贈る言葉や校歌斉唱など、全ての卒業式のプログラムが終わる。卒業生を拍手でお送りくださいとアナウンスが聞こえると、先生方や在校生、保護者の方々は手をパチパチと叩き始めた。大量の拍手で、雨音のようにも聞こえる。
退場していく先輩達を見ながら、私は目当ての人を必死に探す。ここで見つけられなければ、もう今後見ることは出来なくなるだろう。そんな焦燥感が私を掻き立てる。けれど、卒業生の半分が退場し、拍手している手が痒くなる頃になっても、まだ見つからなかった。まだ退場していないよね、大丈夫だよね、見落とした訳じゃないよね。そう心の中で自分を励ましても、平常心には戻れない。どくどくと心臓を打つ音がする。人一人見つけられなかったくらいで大袈裟だと思うかもしれないが、今の私は本当に焦っていた。拍手する手を何の気なしに見ると、血の気が引いて白くなっていた。
そんな事をしている間に、退場していないのは残り一クラスとなる。この中にいると良いのだけれど、いるのかな、いるはず、でも見落としたかも。そんな思考が頭をぐるぐると駆け巡っている時、こつん、とお腹と腰の間くらいの場所に何かが当たる。何だろうかと目線を下げると、隣に座っていた今泉くんが私の肘で小突いていた。今度は今泉くんを見る。そうすると、退場していく列を目立たないように指差しながら、小声で私に言った。

「あれ、金城さんだろ」



卒業生は完全に退場し、残された在校生は体育館の片付けをしなくてはいけない。パイプ椅子をがしゃがしゃと畳んで四つ一気に持って行こうとすると、腕が悲鳴をあげた。普段からこんな労働していない所為だ。自身のニートに近い生活を思い出しながら、ふぅ、と息を吐いた。そこにタイミングが良いのか悪いのか、絨毯の片付けを終えた今泉くんがやってきた。パイプ椅子四つを持て余している私を見て、呆れたように声をかける。

「それ、片付けないのか」
「片付けるよ。ただちょっと今は休憩中なの」
「貧弱だな」
「帰宅部だからね」

そう言うと、今泉くんはますます呆れたような顔をする。
だって仕方ないじゃないか、私は帰宅部だし筋トレもしてないし元々力もない方だから、今泉くんみたいに運動部で家でもトレーニングしててスタイリッシュな人とは持ってる体力が違うんだ。
そう言い訳するとまた呆れられそうな気がしたから、それは言わない。今泉くんにこれ以上嫌味を言われないためにも、ぐ、と腕に力を入れてパイプ椅子四つを持ち上げる。そしてパイプ椅子の足を時々引きずりながら歩き始めると、何故か今泉くんに止められた。何、と聞くと運び方が見ていられないと言われた。もっと他に言い方は無かったのか。そんな威嚇を込めて顔を顰めると、今泉くんはひょい、とパイプ椅子二つを私の腕から奪い取る。

「……最初からそういう優しさを見せればいいのに。そんなんだからモテないんだよ」
「みょうじが思ってるより俺はモテる」
「うわー、自意識過剰だー……って言いたいけどそういえば親衛隊もあったね君は」

パイプ椅子を収納場所に持って行く今泉くんの後を、私はひょこひょこついていく。パイプ椅子二つでも見てられないな、と今泉くんに笑われたが、納得はいかなかった。
がしゃがしゃと音をたてながらパイプ椅子をしまうと、また元の場所戻って片づけを再開させなければならない。それが面倒で、私と今泉くんは元の場所への道をかなりゆっくりと歩き始めた。
力を入れて持っていたのでしわくちゃになった手を開いたり閉じたりしていると、今泉くんが口を開いた。

「……お前さ、金城さんに告白しないのか」

普段と変わらない声で、今泉くんは言う。でも内容は彼が言った言葉だと思えないようなもので、私は少しの間どのように答えれば良いのか迷った。そして数秒後、私は当たり障りの無い答えを口にする。

「しないよ」
「……そうなのか?なんでだ」
「だって一回も話した事ないし、たぶん金城先輩は私の事知らないだろうし」
「……そうか」

当たり障りのない答えとは言っても、これは私の本心だ。
私は今泉くんの部活の先輩の、金城先輩が好きだった。最初は整った顔立ちに惹かれたのだが、たまに見かける部活中の姿とか、真摯に物事に向き合う姿勢とか、その他諸々にも惹かれていった。でも好きとはいってもアタックする勇気も根気もなく、たまに遠くから眺めるだけで充分だった。先輩は卒業するからもうその姿を見ることは出来なくなるが、だからといって卒業式の勢いのまま告白してしまうほど、当たって砕けろ精神を持ち合わせてはいなかった。
のろのろと歩きながら話しているが、体育館には在校生が大勢いるのでそれに上手く紛れられたのか、誰かに見咎められることはなかった。

「金城さんのどこが好きだったんだ?」

また、今泉くんが私に質問をする。
普段はそんなに私の事を聞いてきたりしないのに、珍しいな。
そう思いながらも私は口を開いて、さっき頭に思い描いたことを話す。

「最初は顔が綺麗だなって思ってたんだよね。それから部活してるとこ見て、真剣にやっててかっこいいなって思って。ありきたりだけどそんな感じ」
「ありきたりだな」
「ありきたりだよ」
「俺にも当てはまるな」
「当てはまるかな」
「当てはまるだろ」

話の流れがなんだかおかしくなってきた。不審げに今泉くんを見てみると、今泉くんは鋭いツリ目でこちらを見ている。
そしてまるで宣戦布告をするかのように、今泉くんは私の目を覗き込んでこう言った。

「金城さんを忘れるくらい、好きにさせてみせる」

は、と私が声に出したか出さないか。そんなタイミングで今泉くんは私から離れ、さっきまでのろのろと歩いていたのに今度はしゃかしゃかと早足で歩き始めた。
意味がよく分からず追いかけようとしたが、私はある事に気付いた。

今泉くん、耳赤い。

それを確認した私は思わず二度見をする。再確認して、ふふ、と思わず笑う。
恥ずかしいのにスカした台詞を言うからだよ。そう言ってやりたかったが、そう思った時には今泉くんは遠く離れた場所にいた。こちらを振り返り、早く来いとかなんとか言っている。その様子がなんだかおかしくて、でも思い切り笑うと今泉くんが拗ねる気がして。私は緩みそうな口元を抑えながら、ゆっくりと今泉くんの方へ歩いて行った。スカした台詞だけじゃ私は落とせないよ、まずはグラサンが似合う男になりなさい。そう思いながら。

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