一、二年の頃の青八木くんは、サブカル女子とやらに好かれそうな容姿や性格をしていたと思う。
顔を半分隠した前髪に、鋭いジト目。背はそれほど高くなくて、社交性はゼロに等しくほとんど喋らない。そんな正統派イケメンではなくどこかズレた感じが、サブカルチャーを愛する女子の心を掴んでいた。
けれど三年に上がった頃、そんなサブカル女子の心を鷲掴みにしていた青八木くんの容姿が、90度くらい変わった。
常に片方しか見えていなかった目は両方見えるようになったし、髪も綺麗に伸びたし、以前から整っていた顔が曝け出された事により「青八木くんってかっこいいじゃん」と私の周りの女子も色めき立った。彼の事をかっこいいと思う人は、マイナーからメジャーになったのだ。

(面白くない、なぁ)

そんな中、私はこの状況が果てしなくつまらないと感じていた。
私は昔から、青八木くんが良いと思っていたのに。
そんな事を思いながら、前の席に座る彼の背中を見つめる。
今より短い昔の髪型の方が好きだったのに、ずっと無口でいてくれた方が私のタイプだったのに。
大衆向けになってしまった彼をを睨みながら、そして睨んでいることを誰にも悟られないようにしながら、私は今日も机に覆い被さった。



「なまえって二年の頃さ、青八木くん良いって言ってなかったっけ」

お弁当を食べながら、友人が思い出したように呟いた。友人は三年になってから青八木くんの良さに気付いたらしく、なまえの目は間違ってなかったね!と笑いかける。
私はそんな彼女の言葉を聞きながら、お弁当の隅っこにある、色合いのバランスだけを考えて詰められたブロッコリーに箸を突き刺した。口に入れると青臭い味が広がる。プレーンタイプの塩茹では味が付かないから嫌いなんだ、と思いながら、ごくんとそれを飲み込んだ。

「私、もう青八木くんいいや」

それだけ言って口直しのためのミートボールを口に放り込むと、友人は驚いた顔をした。
女子としてちょっとよろしくない、その顔は。

「えぇ!?だって青八木くん、めっちゃかっこよくなったじゃん!何が不満なの?」
「不満とかはないけど……」

全く納得していない友人を見つつ、この感覚をどう表現するべきか頭を悩ませる。私は青八木くんが嫌いになったとか不満なところができたとか、そういう風には思っていない。ただ単純に、大衆向けになってしまったのが嫌だった。

「あー、好きなインディーズバンドがメジャーデビューして人気が出て、にわかファンが増えてイラっとする感じ」

ぴっと人差し指を上に向けて、思いついた言葉を言う。
それを聞いた友人は「私はにわかファンだってこと?」と嫌味を言いつつ苦笑した。



異様に眠たい六時間目の授業と清掃を終えると、帰宅部の私は後は帰るだけとなる。
机の横にかけているリュックをよいしょと持ち上げ、机の中に入っていた教科書類を無造作に詰め込む。リュックに付けられたちょっと変わったマスコットや、いかにもサブカルっぽいロキノン系バンドの缶バッチが目に入り、少しだけ虚しくなる。
前の席で同じように荷物を片付けている青八木くんをちらりとだけ盗み見て、軽く目を伏せた。

私は別に、サブカルチャー好きとして青八木くんを好いていた訳ではなかった。
そりゃきっかけはサブカル心をくすぐる外見だったのだけど、外見で青八木くんを気になり始めてからは、彼のほんの少しの言葉や行動に心を惹かれる事も多かった。小さいけれど綺麗な声とか、笑った時の表情だとか、消しゴムを落とした時に拾ってくれたことだとか。そんなものの積み重ねで青八木くんを良いなと思うようになったのだ。
だが青八木くんが大衆向けになってしまってからは、そんな青八木くんを好きでいることが少しだけ、嫌になった。皆と同じ考え方をして、ミーハーだと言われるのが嫌だったのだ。
たったそれだけのプライドのために、私は恋心を捨てた。

馬鹿だなぁと自嘲する。
今でも青八木くんの背中を睨むのに。睨んで、それが見つからないように顔を伏せるのに。決して顔には出さないよう気をつけながら、心の中で自分を罵倒する。
片付け終わったリュックを背負うと、マスコットの金具の部分が缶バッチに当たったのか、カチャ、と小さく音がした。
するとそれと同時に、青八木くんが振り返る。

「え、」
「あ」

目が合う。変な声が出る。突然振り返られて私は結構びっくりしたのだが、青八木くんも青八木くんでびっくりしていた。私が後ろにいたことに気付いていなかったようで、いたのか、と小さく呟いた。ちょっと傷付きながらも、いたよ、と返事する。そしてそのまま別れを告げて帰ろうとすると、青八木くんは焦ったように口を開いた。でも言葉が出てこないようで、口を開けたり閉じたり、そんな事を繰り返す。その状態のままの青八木くんを置いて帰るのもなんだか憚られて、私は立ち止まった。けれど青八木くんはまだ言葉を探しているようで、口を開けては閉じて、悩んでをリピートしていた。

「どしたの」

十数秒後、私はこのよく分からない空気に耐えられなくなって、ついに声をかけた。
青八木くんは三年になってから対人スキルが上がったようで口数も増したと思っていたが、今目の前にいる彼は二年の時と同じような雰囲気を醸し出していた。
私はこんな青八木くんが好きだったんだよ、とぼんやり思いながら、言葉を待つ。それでも暫く青八木くんは黙っていたが、また十数秒くらい経った頃、そろりと声を出した。

「今日、みょうじの友達から聞いたんだけど」

彼の瞳はわずかに揺れていて、憂いを帯びた顔をしていた。私でも少しどきりとするのだから、三年になってからの新生青八木のファンの方々は今の青八木くんの顔を見たらもうどきどきどころじゃないだろう。
なにを、と、平静を装って答えないと、プライドより恋心に流されてしまいそうだった。

「みょうじが、その、」
「うん」
「俺の事、好きじゃないって聞いた」

青八木くんの瞳が揺れるより激しく、私の瞳が揺れた。
青八木くんは悲しそうな顔をしていて、私は非常に焦った顔をしていると自分でもわかる。
どうしてこうなった、と頭を抱えると、昼にした友人との会話が思い出された。確かに、私はそれに近い内容を話した気がする。けれど好きじゃないとは言っていない。きっと友人も悪気があって言った訳ではないのだろうけど、なんというか、上手く機能していないメディアやマスコミのような誤解を招いている。伝えるならもっと正確に伝えてくれ、というかそんなあまり良くない内容を本人に伝えるんじゃない。
どう説明したものかと思いつつ顔を上げると、青八木くんはまだ、悲しみという言葉で形容するのがぴったり、といったような顔をしていた。

「あお、」
「みょうじ」

声をかけようとすると、悲しそうな顔の割にはっきりとした声で名を呼ばれた。こんなに透った声で話す青八木くんは初めてで、私は声を失う。
青八木くんは一歩、私の方に進み出た。

「みょうじ」

もう一度、名を呼ばれた。
返事の代わりにぱちぱちと瞬きをする。青八木くんは、瞬きをしない。私は前髪が目にかかっていた頃の髪型の方が好きだったが、今私を見ている彼の前髪はどちらの目にもかかっていなかった。

「俺は、みょうじが好きなんだけど」
「え」
「みょうじは、俺が、嫌いか」

彼の瞳が、また揺れる。
そんな彼の表情を見ていると、サブカルチャーだとか大衆向けだとかミーハーだとか、そういうことがどうでも良くなってきた。
私の口から、掠れた声が出る。

「わ、私は、」

プライドに流されてしまった、心の何処か隅の方にあるであろう恋心。
それを必死になって掻き回して探しながら、私は彼の目を見た。

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