ぴぴ、と無機質な音が部屋に響く。もう夜なのに誰だろうか、と思いながら携帯を開くと久しぶりに見る名前が画面に浮かび上がっていた。顔をしかめて通話ボタンを押す。

「……もしもし」
『もしもし、御堂筋くん?夜遅くごめんな』
「ほんまやわ、時間考えぇ」
『はは、ごめんって』

懐かしい声や、と思った。
電話口から聞こえてくる声は、小学校の時に転校していったクラスメイト、みょうじなまえのものだった。
小5、小6と同じクラスで、小6の夏に気がついたらいなくなっていたクラスメイト。そして唯一とも言える女友達。いや、唯一とも言える友達。そんな彼女から、三年ぶりくらいに電話が来た。

「で、どしたん。こんな時間に電話してくるんやからそれなりの用事あるんやろ?」

ベッドに腰掛けて、話を聞く体勢になる。
友情とかそういうものはいらないと思っているが、みょうじさんはなんとなく邪険に扱おうと思えず、曖昧に友達という関係を続けていた。小学校の頃も、今となっても。
みょうじさんは幼い頃と変わらず無邪気な声で笑う。

『これから夜行バスで京都に行くんや。で、もう京都の建物の場所とか色々忘れてしもたから、明日御堂筋くんに案内してもらいたくて』

あっけらかんとした感じで言うみょうじさん。たぶん昔のボクは、この雰囲気が好きだった。男子みたいにボクをからかうでもなく、他の女子みたいにねちっこくない、そんな雰囲気。
でも何となく、みょうじさんの頼みを素直に了承するのは、昔と変わってしまったボクには気恥ずかしかった。

「ボク以外にも女子の友達とかおるやろ、そっちに頼みや」
『アドレスとか番号知っとる子は明日用事あるーって皆言うんや。後の子は連絡先知らんし』
「えー、かわいそ」
『なんや御堂筋くん、いけずやなぁ』

京都から離れて何年も経つはずなのに、未だにみょうじさんは京都弁だ。京都弁のはんなりした感じは彼女によく合っていると思うから、他の地方の方言に染まっていないのを聞いて少し安心する。
それを嬉しく思いながらも、声には出さない。

「それにバスで来る言うたら京都駅に着くんやろ?めんどいわ」
『御堂筋くん京都駅嫌いなん?』
「嫌いとかやなくてめんどい。そんなんやったらペダル回しとる方が何倍もええわ」
『うーん、そっかあ』

少し残念そうな、みょうじさんの声。罪悪感は湧くが、この対応の仕方がボクにとっては普通になっていた。小学校の時は内気ながらもまだまだ普通の受け答えをしていたから、こんな対応にみょうじさんはがっかりしたかもしれない。
けれどみょうじさんは、今度は明るい声を出した。

『ペダル、って事はまだ自転車乗ってるんだね!』

恐らくきらきらとした笑顔で言っているんだろうと容易に想像出来る。
そういえば、とボクは過去の事を思い出した。
ボクがみょうじさんと仲良くなったのは、雰囲気が好きだったからというだけではない。初めて、家族以外で自転車に乗るボクの事をからかわなかったからだった。
「なにこれ!凄い自転車だね!御堂筋くんの!?」と、今と変わらない声で、きらきらとした笑顔で聞いてきたみょうじさんに、一瞬で心を許してしまったのだった。

「……うん、まだ乗っとる」
『私御堂筋くんの走り好きやよー、凄く速くて、最初見た時びっくりしたもん』
「インターハイにも出たんやで」
『おぉ!私文化部だからよく分からんけど、なんか凄そう!』
「さよか」

ほら、今だって自転車の話をすると、顔は見えていないから確信ではないけれど、恐らく嫌な顔せず聞いてくれている。
こんなみょうじさんやから、ボクは好きになったんやろなぁ、と思う。
恋だとかそういう面倒臭いものじゃなく、一人の人間として。

「京都駅……めんどいなぁ」

そう呟くと、みょうじさんはもう良いよと笑った。

『ええよええよ、もう感覚で行ける気がしてきた!生まれ育った街やし!』
「ほんまに?」
『……ほ、ほんまに!……ううん、やっぱ微妙』
「……ボク地下鉄とかバスとか乗って案内せんで。自転車でええなら案内したる」

チームメイトがボクのこの返事を聞いたら卒倒するだろう。それほどまでに、今のボクから出た言葉にしては優しげだと、自分でも感じた。
ほんまに!?と驚くみょうじさんをほんまほんま、と軽くいなすと、みょうじさんの『ありがとう』と言う綺麗なソプラノが聞こえる。

『ふふ、御堂筋くんにも久しぶりに会えるし、自転車も見れるし一石二鳥やなぁ』

みょうじさんはよく笑う。
ボクもつられて笑いそうになったが、ガラスに映る自分の顔を見て(似合わんな)と思い、ぐ、と口角を引き下げた。
けれど明日は、きっとつられて笑ってしまうだろう。
マスクを忘れたらあかんな、とみょうじさんの楽しげな声を聞きながら思った。

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