人間には四大欲求が備わっていると、私は常々思っている。まず第一に食欲。次いで性欲。そして睡眠欲。最後の四つ目は、かさぶたを剥がしたい欲である。これを友人に熱く語るといつも「まぁ、分からなくはないけどさ」と苦笑される。苦笑されるが理解はされているので、私はこの持論を捨てるつもりはない。そして実際私は、かさぶたが出来るとついつい完全に固まる前に剥がしてしまう人間だった。欲求に耐えられない女である。きっと覚醒剤に手を出したら一生抜け出せないだろうと、毎日剥がしてしまったかさぶたを見ながら思うのだった。

つい先日、私は体育で盛大に失敗した。確かハードル走の授業で、ハードルに足を引っ掛けてしまい顔から地面にダイブしたのだ。幸い女の命である顔には傷はつかなかったが、軽く出っ張った鎖骨に小さな擦り傷が出来た。その擦り傷は授業直後に保健室できちんと手当てをしてもらったので変に化膿することなく、かさぶたとして鎖骨に残った。
そう、かさぶたになったのだ。
かさぶたになってしまうと私はがりがりと剥がしてしまうので、そこから先、なかなか完治する事はなかった。というか、未だに完治していない。鎖骨に残った浅黒い傷が、痛みは全く無いが痛々しそうに残っている。

休み時間、右手で次の授業の用意をしながら左手でかさぶたをがりがりと剥がす。あまりこういうことを公共の場でやるべきではないと思うが、皆が皆私に注目している訳でもないし私も私でかさぶたを早く剥がしてしまいたい。家でやるよりは少々遠慮気味に、少しだけ固まった部分を触る。右手の仕事が終わっても、それに付随して左手の動きが止まることはない。休み時間はあと五分ほどあるからトイレにでも行こうかな、鏡で傷から血とか出てないか確認しなきゃな、などと考えていると、不意に誰かの手が私の左手を掴んで傷口から離した。
掴まれた手から辿ると、眼鏡を掛けたイケメンと目が合う。

「金城くん」

どしたの、という風に首を傾げると、金城くんは私の手を離しながら「肌が傷付くだろう」と言った。目の前の彼から出た言葉にしては意外というか、想像もしていなかった言葉だった。あまりそういうタイプに見えないけど、もしかしたら金城くんはお肌ケアにうるさい人なのだろうか。

「だって、かさぶたって剥がしたくなるし」
「でも限度があるぞ。皮膚の色が変わっている」

私がさっきまで触っていた鎖骨を指差しながら、金城くんは言う。鞄の中からミニサイズの鏡を取り出して指を差されたところを覗いてみると、確かに他の部分とは違う色に染まっていた。だが私のかさぶたにしてはありがちな光景なので、さして気にしていない。それを金城くんに言うと、軽くため息をつかれた。

「第一みょうじはかさぶたを剥がしすぎだ。見ていれば分かるが、いつもいつも剥がしているだろう」
「いや、誰も私がかさぶた剥ぐの見てないと思うけど」
「他の奴が見ていなくても、俺が気になるんだ」
「なんだそれー」

ぶーぶーと金城くんにブーイングすると、さして気にしていない様子で「これでも貼ればかさぶたを剥がすことは少なくなるだろう」と絆創膏を差し出してきたが、それを鎖骨に貼るとあらぬ誤解をされそうなので丁重にお断りしておいた。鎖骨に絆創膏って。ベタだなぁ。てか金城くん絆創膏常備してるのか。
絆創膏すら受け取らない私を見て金城くんはまだお小言を言いたいようだったけれど、とりあえず話を逸らしてしまおうと考えて「てかさ、」と私は声を出した。

「他の人が見てても俺が気になる、って台詞さー、何?金城くん私の事そんなに見ちゃってる感じ?」

冗談っぽく、笑いながら言うところがポイントだ。ちょっとでもマジトーンで言ってしまえば、私はかなりの自意識過剰女になってしまう。相手が金城くんだからもし私が自意識過剰のように言ってしまったとしても今後邪険な扱いをされたりはしないと思うけれど、念には念を、という感じだ。さて金城くん、どう返事するのか気になるところ。
そう思いつつ金城くんの方を見ると、彼は特に焦るでもなく照れるでもなく、微笑していた。

「さぁ、どうだかな」

それと、少しくらい我慢しろ、とだけ言って、金城くんは私の前から去った。残りの休み時間的に、去っていった方向的に、たぶんトイレに行ったんだと思う。いや、そんなことを冷静に分析している場合じゃない。なんだあの金城くんの返事。思わせぶりにも程がある。あんな変な質問をした私も私だが、返事する方も返事する方である。ちょっとときめいたかもしれないじゃないか、いや私はあんな一言でときめかない、断じてときめかない。ときめかない。たぶんおそらく。
微妙に熱を持ち始めた頬を冷えた手でさすりながら、まだ休み時間が残っているしトイレにでも行こうと席を立った。
別に金城くんを追いかけるのではない、私がトイレに行きたいだけなのだ。
誰にしているのか分からない弁解を心の中でしながら、私は教室のドアに手をかけた。

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