「ハァ!?お前チョコ持ってねェの!?」

お昼休み。廊下でばったりと出くわした荒北は、私の顔を見ると右手をずいっとこちらに差し出してきた。それに「何?」と返事をすると、普段から細い目をさらに細くして、彼はそう言った。

「何いきなり……どう見ても手ぶらじゃん」

私は荒北の前に両手をひらりと差し出し、見せつける。
それにさっきまでトイレに行ってたのにチョコ持ってたらおかしいじゃん。そう言うと、お前の事情なんて知らねェヨと唇を尖らせた。

「じゃあ何?今は持ってないけど教室に戻ったらあるヨってヤツ?」
「無いよ。てか今日がバレンタインっていうの今朝友チョコ貰ってから知ったし」
「ハァ?もうみょうじチャン女子力無さすぎなんじゃないのォ」
「うっさいよ荒北」

荒北は盛大にため息をつく。私の女子力なんて気にしてくれなくてもいいのに、と私は頬を膨らませながら思う。
というか、荒北はバレンタインだからといってこんな風にチョコを強要するような人間ではなかった気がする。確かに元ヤンだし紳士ではないから女子ともあまり関わりが無いし、強要しなければチョコはもらえそうにない。
あれ、私なんか凄く失礼な事考えた気がする。
まぁでもチョコ集めに全力を注いでいる訳でも無さそうだし、そもそもイベント事に固執するような性格ではないだろう。
じゃあなんで、私にチョコをくれとせびるのだろうか。
訝しげな顔で荒北を見つめていたせいか、荒北は不満そうに「何だヨ」と呟いた。

「いや……荒北ってチョコ欲しがりそうなタイプに見えないし、なんでせびってくんのかなって」

そう思ってたとこ、と説明すると、荒北は、あー……と言いながら頭をがしがし掻いた。頭を掻くのは、ちょっとバツが悪い時の荒北の癖だ。そしてちょいちょいと手招きし、私に近寄るように言う。近寄ると、荒北は私に少し小さな声で耳打ちした。

「朝練の時によォ、東堂が女子にチョコ貰ってテンション上がったらしくてよ」
「東堂くんがテンション高いのはいつもの事だね」
「確かにな。そんで『荒北、チョコが貰えなかったら俺のチョコを分けてやろう!』とか言われてムカついたから、どうにかして誰かにチョコ貰おうと目論んでんだヨ」
「おぉ……結構くだらないね」
「俺もそう思う」

ちょっと呆れたように荒北を見ると、荒北も呆れたようにあさっての方向を見つめた。
私の他にアテはあるのと聞くと、荒北は暫く考えた後、「……福ちゃんとか?」と呟いた。それは無いって言ってるのと同じ事だと思う。

「荒北って女子からチョコ貰えなさそうだもんね」
「うっせ、地味に心に刺さる」
「ごめんよ」

はは、と笑いながら謝ると、荒北は元々鋭い眼光を更に鋭くして私を睨んだ。
私今日凄い荒北に冷たい目で見られてる。私悪くないのに。
ちらりと見える教室の時計を窓越しに見ると、昼休みはあと20分ある。ポケットにいくらか小銭が入ってるのを確認して、私はよし、と言った。

「荒北、売店行こうよ」
「アァ?何でだヨ」
「寂しい荒北くんにお手頃価格のチョコをあげようという私の優しさだよ」
「何だそれ、有難く頂くけど東堂と張れるくらいウザい」
「えー、ひどいなぁ」

言葉はツンツンしているが、荒北の顔はちょっと刺々しくなくなってきた。やっぱりチョコ効果かな。何にせよ東堂くん宛のチョコを食べる事にならなくて良かったねぇと言うと結構強烈なデコピンが私のおでこに降ってきた。

(荒北ー、ブラックサンダーで良いー?)
(みょうじチャンそれあんまりだヨ。ゴディバが良い)
(売店に無いよそんなの)

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