私が福富を好きな事は、私だけが知っている超重要重大機密事項である。
友達に恋バナを持ちかけられようと部活の面々に探りを入れられようと、ずっとずっと心の奥底に想いを閉じ込めてきた。
何故そこまで頑なに秘密にするのかというと、理由はごくごく簡単な事である。練習している風景を見れば分かるが、福富は自転車のために生きている。少し言いすぎかもしれないが、私の目にはそう見える。だから恋愛なんて興味が無く、告白したとしても失恋するのは目に見えているし、私が福富を好きという噂が彼の耳に入ったとしても、きっと顔色を変えず「そうなのか」で終わるに決まっている。実際に福富に告白した子を何人か見てきたが、どの子も華麗にフラれていた。それも「今は自転車に集中したいんだ」とばっさり言い切り、すたすたと去っていくという完全に相手の心を折りにいく方法で。たぶん福富に悪気は無いと思うのだが、その悪気の無さが逆に相手を傷付ける。福富は無意識のうちに、ばきぼきと相手を傷付ける事が得意なんではなかろうか。主に恋愛面で。

まぁなんにせよ、恋心を曝け出せば失恋街道まっしぐらなのだ。福富相手では。



「みょうじ」

部活に必要な大会の書類を片手に歩いていると、低い声が私の名前を呼んだ。振り返ると、見慣れた金髪が目に入る。

「何?福富」

想いを隠す事には慣れているから、好きな人に声をかける時も私の声が震える事はない。
自分より20センチほど高い福富を見上げると、彼はいつも通りの無表情だった。無表情とはいっても、先日のインターハイ、そして主将に任命された頃から、顔は険しくなっている気がする。気がする程度だけれど。
いつもははっきりと話す福富だが、この日は何か言い淀んでいるようだった。珍しいこともあるな、と思いながら、私は急かすことなく気長に待つ。今残っているマネージャー業は書類を部室に持っていく事だけだから、急ぐ理由などない。タオルもドリンクも、人数分ちゃんと準備し終えているはず。誰かがタオルやドリンクの消費が物凄く速いとかだったら話は別だけど、さすがにそこんところは大丈夫だと思う。
ぼんやり待っていると、福富はやっと声を出す。でもいつもより小さい。

「お前は、インターハイでの事を聞いたか」

さすがに声は震えたりはしていなかった。絶対王者の威厳というやつだろうか。けれどやはり、どこかいつもと違う。
話す内容が内容だからかな、と考え、私は特に何も気を遣わずに福富の質問に「うん」と答えた。福富の言っているインターハイでの事とは、きっと落車事故の事だろう。部活内でも、あの落車事故の真相はあまり知られていない。けれど私は、出処はどこだったかは忘れてしまったが、小耳に挟んだ事があった。
鉄仮面といえども、他校の生徒を怪我させた事はやはり気に病んでいるようだ。その気の病みようは顔に出さないから、チームの士気に関わる事はないんだろうけど。
私が答えると、福富は「そうか」と、軽く目を伏せた。

「なら話は早いな」
「え、何が」
「少しの間我慢してくれ」
「だからなに、が、」

福富の不可解な言動に眉根を寄せていると、ぐ、と体が福富に抱き寄せられた。その反動で、クリップで留めた書類がぱさりと地面に落ちる。なにが、という言葉の後は、私の喉から出てくる事はなかった。突然の事に、声が出ない。

「少しだけ、だ」

また福富は言う。そう言いつつ、また福富はぎゅう、と私を抱き締めた。最初の数秒は訳が分からず放心していたが、次第に(好きな人に抱き締められている……!)と思うと顔が熱くなっていくのが分かった。福富の胸板にくっついた私の心臓も、どくどくと早鐘を打つ。
それが十数秒だったのか数十秒だったのか数分だったのか、変に狂った心臓のリズムではわからない。暫くして福富は私から手を離し、ありがとう、と呟いた。

「おかげで少し落ち着いた。突然悪かったな」

あとマネージャー業頑張ってくれとかいつも感謝しているとかそれじゃあ練習に戻るとかなんとか、福富は言っていた気がする。
私は何と返事したのか覚えていない。恐らく、ただただ頭をこくこくと縦に振っていたのだと思う。
福富が去って一人になり、我に返って地面に落ちた書類を拾い上げる。
きっと福富は、落車事故に関しての憂いとかストレスとか、そういうのがたまりたまって、精神的に窮屈になっていたのだろう。
そして、ハグをすると一日の3分の1のストレスが消えるだとかそういう事を知っていたのだろう。
でも福富は寮生活だから家族に会えないし、男子に抱きつくわけにもいかないし、女子ともあまり仲良くないし、という諸々の理由があり、部活のマネージャーというそこそこ会話をする女子である私に抱き付いたのだと思う。
たぶん。

(その抱き付いた相手が福富を好きだっていう可能性、ちょっとは考えてくれなかったのかなー……)

私は福富に抱き締められて、とても、とてもどきどきした。けれど福富は、恋愛とかそういう事は眼中に無く、ただただ今心の中を占めているストレスから解放されたかったんだろう。そう思うと、はぁ、とため息が勝手に出た。

やっぱり福富は、無意識に人を傷付ける事が得意だ。

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