ある休日の昼。
ごはんを食べ終わり、私はいつものように食器を洗い、蛮骨はいつものようにリビングのソファに座ってくつろいでいた。…いつものように。
キッチンのカウンター越しに、リビングが見える。なんとなく顔を上げて視線をそちらに移すと、蛮骨と目が合った。
「結菜」
「何?」
「子ども、って、いいよな」
「…え、…え?」
蛮骨の言葉が意外すぎて、私は洗っていたお皿を落としかけた。あ、危ない危ない!間一髪、意識を取り戻してなんとかキャッチ。
彼が子どもを好き?…や、そんなの聞いたことないし、むしろ面倒臭いとか言い出しそうなのに一体どうしたの。とりあえず数回の深呼吸をしてから蛇口をひねり、食器洗いをやめた。そしてキッチンに立ったまま私は蛮骨に言葉を返す。
「なんで突然そう思ったの?」
「…いや、実は、この前弥勒の子どもに会ったんだが」
「うん」
「すっげー純粋な目をしていたんだよ」
父親はあんなに不純なのにな、と呟いて、彼はテレビのリモコンをいじっていた。…はあ、その純粋さに心を打たれたというわけね。その光景はイメージしづらいし未だ意外としか思えないけれど、とりあえず私は納得した。
戸惑いが若干残る私に対し、蛮骨はリモコンを机の上に置いて、真剣な眼差しを私に向けた。…まだ何かあるな。そう思った瞬間私の喉が、ごくり、と音を立てた。
「で、弥勒の子どもの面倒を見ることになった」
「…え?」
「大丈夫だ、ここに連れて来るわけじゃない。俺が弥勒の家に行く」
「ちょ、ちょっと待って、いつ?」
「明日」
「えー!!急にも程があるよ!」
人様の子どもを?蛮骨が?
無理無理無理無理!
蛮骨の対応が頭に浮かび、血の気が引いていくのを感じた。家事をまともに出来ない彼が、子どもの面倒を見たことのない彼が、…、…む、無茶だ。
私は慌ててリビングへ移動し、蛮骨の隣に腰掛けた。
「面倒を見るってことは、その子の命を預かるのと同じだよ!?大丈夫なの?」
「そうだろうな、でも弥勒もいるから何とかなるだろ!」
「…え?ベビーシッターをしに行くじゃないの?」
「珊瑚が明日から仕事に復帰するから、弥勒が育児をやるらしい。『イクメン』だったか?」
「は、はあ」
「俺はその手伝いをしに行くってわけだ!」
自信満々に、嬉しそうに蛮骨は笑った。詳しく話を聞いてみたところ、育児と家事の両立に不慣れな弥勒さんのために、蛮骨が子ども達と遊び、その間に弥勒さんは家事をやるらしい。
弥勒さんの妻である珊瑚さんがバリバリのキャリアウーマンということは知っていたけれど、弥勒さんが主夫だとは知らなかった…。
突然流れ込んでくる新たな情報に、驚きの予定に、私はついていけず目が回った。そんなことお構い無しに蛮骨は話を続ける。
「将来のためにもいい経験になるだろ?だから引き受けた!」
「?」
「俺達の子ども!結菜は大丈夫そうだが、俺は子どもの対応が全然わからねぇから」
そう言って少しはにかんで笑う彼に、愛しさを改めて感じてしまった。…まさかそこまで考えてくれているとは。さっきまでの不安や驚きは和らぎ、笑顔がこぼれた。
「私は行かなくていい?」
「ああ、俺だけで十分!」
「…そっか。頑張ってね、蛮骨」
「おう!」
頼もしい旦那さんは、果たして明日どんな顔で帰ってくるだろう。
To be continued.