「…お久しぶりです、主」
「え、あ、あれ、会ったことあったっけ?」
「…主に初めて呼び出していただいた者です」
「初めて?」
「…はい」


男が、低く小さな声で私に背を向けたまま話す。項らへんまで伸びる綺麗な黒い髪。そいつは時祢と違って鎧を身に着け、耳は髪で隠れている。剣は犬夜叉の鉄砕牙くらい大きく、若干細身に見える。
つか、こっち見て喋りなさい!


「…こちらの世界に来た時に…」
「あ、もしかして!妖怪に食べられそうになって、よくわからずにドドーンって式神出して、ズザザって妖怪を真っ二つに斬って…あの時の!?」
「…はい」
「ありがとうありがとう!再会できて嬉しいぞ!」
「…はい」


…あれ、時祢なら「なんですかその効果音」とか冷たくつっこむのに、こいつ…桐胡はしないんだ。必要最低限しか喋らない、寡黙な式神っぽいな。


「桐胡…なるほど、そいつまで呼び出せたということは真の覚醒は…」


私達が喋っている間全く攻撃を仕掛けずに黙って見ていた化け物が、ぶつぶつと何やら独り言をし始めた。そして何やら頷き、にたりと笑う。気持ち悪さを感じた私は後退りした。


「大体の事は報告出来た…舞、覚悟しておけ。直々に菫様がお前を狩りに来る」
「か、借りにくる?」
「…狩る、です…主、殺されます」
「なるほど殺す、…って、えぇええ!やめろよそういう事するの!早く現代に帰らせろって伝えておきなさい!」
「…菫様と違って、お前はめんどくさい女だな」
「黙れ!化け物!このやろ!」


暴言を吐く化け物に石を投げ付けていると、いつの間にか桐胡が私の背後に来て、両腕をがっちり抑えた。じたばたと手足を動かしても抜け出せる気配は皆無。


「離しなさいよ桐胡!」
「…落ち着いてください…奴はそろそろ消えます」
「え、う、嘘!?」
「さすがだな、桐胡。わしは仕事を終えたからこの場を去る。…舞、毎日精進し、菫様の役に立て。」
「狩られないように精進してやるよ、ばかやろー!」


これでもか、というくらい強烈なあっかんべーをしてやると、化け物は「やはり下品だ」と言って時祢と同じように姿を消した。紙がひらひらと落ちる。

…攻撃を仕掛けられて、私が式神を呼び出して、敵がぶつぶつ呟いて勝手に納得、撤退…二回目だぞコラ。


「ありがとう桐胡、おかげで助かったよ。あの時何も呼び出せてなかったらどうなっていたか…これからもよろしくね」
「主、桐胡という名前で呼ばれるのが嫌なのでやめてください」
「…へ?」


さっきまで小さい声だった桐胡が初めてはっきりと喋った!…いや、着眼点ずれてるわ。名前にコンプレックスを抱いている式神だなんて、変わってるな。


「それならなんて呼べば…」
「…本名以外なら何でも」
「じ、じゃあ、下僕」
「…、…本名に比べればそちらのほうがいいです…」


快く“下僕”を受け入れられない様子(当たり前か)の桐胡は、苦々しい表情で頷いた。下僕って軽い冗談なんだけど…真面目な奴が出てきたなぁ。


「なんで名前が嫌いなの?」
「…時祢というふざけた式神がいますよね」
「ふざけた式神…ああ、いるね」


自分の気分で主人を見捨てやがった下僕を思い出し、ついでに怒りも思い出した私は歯をギリギリ鳴らしながら桐胡に返答した。


「…あいつが…私を…」
「うん」
「桐子ちゃんって呼ぶんです」
「…うん?」
「終いには、そして髪を結ってくるんです!腹立たしい!」
「おおお落ち着け、落ち着くんだ下僕!」


時祢はいないのに何故か剣に手をかける桐子ちゃん…間違えた、桐胡を慌てて宥める。
話を聞く限り、どうやら時祢は桐胡をからかうのが好きらしい。…確かにちょっと面白そう。私もやりたい。


「…主、今何か変な事を考えませんでしたか」
「え、あ、いや、別に?」
「…本名を呼ばれると忌々しい奴を思い出すので…よろしくお願いします」
「じゃあ桐って呼ぶ!いいでしょ?」
「…はい」
「桐、よろしくね!」
「…よろしくお願いします。ではそろそろ…」


ぼしゅ、という音が鳴ったと同時に桐は姿を消した。



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