ああ、早く帰りたい。金曜日は一週間の疲れがどっとくるからとにかくつらい。布団が恋しい。

凝った肩を揉みほぐしながら歩いていると、クラスメイトの蛇骨が下駄箱で靴を履いているのが目に入った。かっこいいなぁ、なんて思いながら見ていると、私に気付いた彼が顔を上げて清々しく笑った。私はその表情に少しだけ戸惑った。


「名前じゃん。今から帰んの?」
「うん、そうだよ」
「俺も俺も!やっと一週間終わったなー」
「だね。今週もお疲れさまでした」


と言って、平静を装いながら私は靴を取り出した。蛇骨は労いの言葉を返し、爪先を数回地面に叩きつけた。靴を履く途中に汗が滴り落ちる。煩わしさを感じた。


「暑いな」
「だね。エアコンが恋しい」
「俺は団扇がいい」
「エコだなぁ…」
「褒めてんの?」
「んー、感心しているの」


取り留めのない話をしながら靴を履き終えて歩き出すと、蛇骨が私の隣についてきた。え、なんだか自然な感じに一緒に下校することに?…こんなこと初めて。落ち着くことが難しい。


「じゃ、蛇骨ってどの辺りに住んでいるの?」
「んー、日暮神社の方面かな」
「え、うそ、…私も同じ…」
「本当かよ?はは!じゃあ途中まで一緒だな。やったー」


…なんて蛇骨が嬉しそうに笑うもんだからちょっと照れた。そんな無邪気な表情を見せないでよ。顔が熱いのは、今が夏だから、暑い季節だから。
火照りを冷まそうと手で扇いでみるけれど、全く無意味な計らいだった。夕方にも関わらず、ささやかな風がきてもそれは生暖かい。余計に不快を感じた。歩を進める速さも自然と遅くなってしまう。


「名前って数学得意だっけ?」
「んへ?」


ふいに話し掛けられ、間延びした返事をしてしまった。…す、すごく恥ずかしい!変な声。なんとか取り繕いたくて、私は咳ばらいをひとつついてからゆっくり話し始めた。


「…得意でもないし、苦手でもないよ」
「けど俺よりは出来るよな?」
「うん」
「即答かよ!」
「え?だって蛇骨、授業中寝てばっかりだし…化学はちゃんと起きているのに」
「殺生丸が教える科目だからな!」
「あー、はいはい、殺生丸先生かっこいいもんねー」


そうか、蛇骨がイケメン大好きってことをすっかり忘れていた。男色なのかな…、彼自身美形だし性格もいいから男女両方に人気だけど。
そんなことを考えながら隣を見ると、彼の首筋から汗が滴るのが目に入った。…すごく色気たっぷりなんですけど。なんだか女として悔しい。


「でもなー、殺生丸は惜しいぜ」
「え、うそ?綺麗で知的でクールで素敵じゃない」
「俺はかわいい系が好み」
「…ちなみにそれは男?」
「男女問わず!」
「ああ、そう…へー…」
「なんだよその目は」
「やっぱり男色なんだなぁと、…ん?女の子も好きなの?意外だね」
「好きっていう気持ちに男も女も関係ねぇって気付いた!」


拳を振るって熱弁する蛇骨。そうか、じゃあ女である私でも全く無関係っていうわけじゃないんだ。ひっそり胸を撫で下ろした。そんな私に対して蛇骨は柔らかく笑う。


「俺、ある女に夢中になっちまってさー」
「え。犬夜叉は?」
「彼女持ちの男はもういい。」
「あれ程『絶対に諦めない』って言っていたのに…」
「新しい恋で吹っ切れた!」
「そっか、良かったね。おめでとう!拍手!」
「ああ、名前のおかげだ」
「そっか!おめで…、…ん?」


蛇骨の言葉が引っ掛かり、私は拍手を止めた。私、何かしたっけ?胸に手を当ててみる。………、わからん。腕を組んで考えてみる。………、やっぱりわからん。相変わらず私に笑顔を向けてくれる蛇骨の目を見て、尋ねた。


「ごめん、どういう意味?」
「えー、今のけっこうわかりやすかったと思うんだけど」
「ごめん、わかりにくい」
「もうちょっと考えろ!」


頭を軽く掻き乱され、私は慌てて髪を整えた。そしてむっとしながらも蛇骨の顔を見たけれど、視線を逸らされた。…意味がわからん。目を細めてそのまま彼を見つめていると、いつの間にか自宅にたどり着いたことに気付いた。


「…じゃあ、私の家、ここだから…、また来週ね」
「おい。もう一回じっくり考えて、月曜に俺のところへ来い」
「え?今教えてよ」
「それだと兄貴の助言が無駄に…」
「蛮骨?助言?どういうこと?」
「…あああなんだかめんどくさくなってきた!」


もどかしそうに頭を抱え込む蛇骨。私はさっぱり理解できなくて、何やら考えている彼をただただ見つめていた。
しばらく経っても何も言わない蛇骨に私は痺れを切らし、もう一度別れの言葉をかけてから家の門を開けた。その瞬間、左腕を強い力で掴まれた。びっくりして振り向くと、顔を真っ赤にしてなんだかむくれている蛇骨の姿が。


「え、え、今度は何?」
「あのな…、俺が好きでもない女と一緒に帰るわけねぇってことに気付け!」
「!…それって…」
「じゃあな!」


そう言うと、蛇骨は猛スピードで走っていってしまった。…え、まさか、嘘でしょ、本当に?遠くなりゆく彼の背中を見ながら、自分の顔が熱くなるのを感じる。…これは、夏の暑さではなくて、……。
月曜、会いに行かなきゃ。


end.


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