「ちょ、え、待った、嘘」


何、この状況。
絶対ありえないから。






今からだいたい三時間前…私が変な提案をしてしまったことが原因だった。


「今から競争しよ!」
「競争…?」


かごめちゃんは首を傾げて私を見た。うん、相変わらず可愛い。うっとりする私を見て犬夜叉がおぇ、と言ったけど気にしない。


「このまままっすぐ行けば次の目的地なんでしょ?誰が一番に着けるか、駆けっこしよう!」
「へっ、そんなのオレが勝つに決まってんだろ」
「だから犬夜叉は、この時計が鳴るまでここで待ってて」


はい、と犬夜叉にタイマーを渡してだいたいの使い方を説明する。そしてふと珊瑚ちゃん達の方に目をやると、驚くことにそれぞれ準備体操をし始めていてやる気満々だった。


「そんなに乗り気だなんて…!企画者として嬉しいなー」
「だって、佳代ちゃんが何かしてくれるんだろ?」
「…はい?」


屈伸をする珊瑚ちゃん、何か変なことを言っているような…頭ぶつけちゃったのかな?


「何か賭けないとおもしろくないわよ。ね、佳代ちゃん?」
「ちょ、かごめちゃんまで…」
「佳代、私が勝ったら膝枕で耳掻きをしなさい!」
「法師様気持ち悪いよ。」
「え、待って、なんで私限定?」


私を無視して、皆それぞれ勝手に話を進めている。こうなってしまったらとめることはできない…最悪。なんで私が誰かの願いをきかなきゃいけない、という事になったのかわからない。この暑さのせいで皆の思考回路が狂ったかもしれない。とにかく一番にならなきゃ…!


「オラと雲母は審判じゃ!」
「よろしくね七宝ちゃん、雲母」


かごめちゃんと珊瑚ちゃんが怪しい笑みを浮かべながら、地面に引いたスタートラインに立つ。その横に弥勒と私。犬夜叉は一歩後ろで様子を見ていた。


「いちについてー…よーい、どん!と言ったら走るんじゃぞっ」

ズドドドドド!!

「え、七宝、皆行っちゃったんだけど…」
「…こりゃ、佳代!お前も早く走らんか!」
「えぇええー!」


お前、やり直せばかやろう!
怒りたかったけれど、文句を言っても無意味だとわかっていたから私は全力で走り始めた。






「は…速すぎる!」


本気を出した皆は、人間とは思えないほどのスピードを出していた。弥勒はいつも走っているし男だからわかる、それについていっている珊瑚ちゃんはさすがだわ。でも何よりすごいのは…


「邪魔!邪魔!邪魔よ!」


森の中だからもちろん妖怪が突然現われる。出てくるのは七宝みたいな小さい妖怪だけど、そいつらをかごめちゃんは容易に弓ではじき飛ばしている。うわー…珊瑚ちゃんも飛来骨振り回しながら走っているし。弥勒なんか珊瑚ちゃんに殴られているし。


「あの三人と並ぶのは危ない…距離を置こ…」


そう呟いてスピードを落とした瞬間、左側から妖怪が飛び掛かってきた。突然のことに言葉も出ず、慌てて腰に帯びた刀で斬る。それに気をとられ、反対側から新たな妖怪が襲いかかってきた事に気付くのが遅れた。


「痛っ…、わ!」


妖怪を斬ったものの、私は体勢を崩し、後ろの茂みに突っ込んでしまった。しかも運悪く、そこからは急な坂になっていてそのまま転げ落ちていった。







で、冒頭に戻る。
この坂を登るのは困難で、かけっこに夢中な仲間達は近くにいない。全身擦り傷だらけで、歩き回ることもつらい。照りつける太陽と傷の痛みが私の体力をどんどん奪っていく。


「都合よく誰か助けに来てくれないかな、…あー痛たたた…」


思いっきり打った腰をさすっていると、坂の上方から誰かの声が聞こえた。これは…


「佳代ー」
「犬夜叉!」
「そんなとこで何やってんだ」
「何をやっている、って…足滑らせて落ちちゃったの。ね、お願いだから助けて」


助けを請う私を見て、にやり、と笑う犬夜叉。なんだか嫌な予感がする。


「いいけどよ。その代わり、一日俺の言いなりになれ」
「は?…おいおいおいおい!」
「嫌ならいいんだぜ?まあ弥勒達が後から助けに来るだろうし」
「…」


後から、って…そんなのかなり遅くなるだろうし、身体は痛いし、早く休みたい。仕方ないから犬夜叉に従うことにした。…かなり屈辱的だけど、そうなんだけど!!


「…わかったわ、だから助けて」
「その言葉忘れんなよ」


坂を易々とおりてきた犬夜叉の背に乗り、しっかりとヤツの肩を掴んだ。なんてったってこの乗り物、初めてなんです。振り落とされないかどうかすごく怖い。


「おー、んじゃそのまましっかり掴まってろよ!」
「う、ん、ぎゃー!!」


犬夜叉は地面が割れるんじゃないかと思うほど強く蹴り、走り始めた。なんというか、絶対、ジェットコースターよりも速い。頬の肉がぶるぶるびろびろして、…今多分すごい顔になっている。


「おい、佳代、さっきから喋ってねぇけど大丈夫なのか」
「こっちを見るな!!」
「いで!」


ちらりと横目でこちらを向いた犬夜叉に、思いっきり頭突きをかました。瞬く間にたんこぶが出来る…もちろん私も。


「てめぇ、投げ落とすぞ!」
「ふん、投げられないようにしっかり掴んでいてやるわ!」
「黙ればかやろう!」


ぎゃーぎゃーと口喧嘩をしていると、いつの間にか五十メートルほど先に恐ろしいオーラを放つ人影が見えてきた。もちろんあの三人。


「もう追いついちゃったの!?犬夜叉すごく速いな…」
「当然だぜ」


加速するぞ、と言って、犬夜叉は木をめりめり踏み鳴らしながら駆けた。あぁあ振り落とされそう…

目を開けていると風がびゅんびゅん当たって痛いから、私はそれからずっと目を閉じていた。背後からの、皆が犬夜叉を罵倒するような声は聞かなかったことにします。





しばらくすると身体に当たる風が弱くなり、犬夜叉が立ち止まったのがわかった。目的地である村に着いたみたい。


「犬夜叉と佳代、ごーる!じゃな」
「佳代、ほら、着いたぞ」
「ありがと…」


肩を抱いて支えてくれる犬夜叉、さり気ない優しさを感じる。じっと見つめられて心臓が飛び跳ねた、けれど、その後の一言で全て打ち砕かれた。


「お前は今から明日まで俺の言いなりな。で、俺が一位だから、…何を命令しようか…腹踊りとか?」
「お、お、お前なんか…、最低のわんちゃんだ、ちくしょう!」
「なんだと!?…よーし、一つ目の命令だ、俺を敬え!」
「無理」
「おい待て、約束と違うぞ!」


うるさい犬夜叉を無視して、後から走ってきたかごめちゃん達に私は手を振った。


end.




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