「風邪ひくよ?」
大粒の雨が降る中。傘をさした私は、銀髪少年の後を追っていた。
「うるせぇ、ついてくんな!」
「でも雨の中を歩いてたら風邪ひいちゃうでしょ?」
男の子は雨の中を気にせず歩き続けている。そんな彼を私は放っておけず、後を追うのをやめなかった。
私は男の子の前に行って、自分の傘の中に彼を入れる。この時初めて相手の顔を見た。銀色の髪からは雫が滴って、暗い中に光る金色の瞳。
「…綺麗」
「てめぇ何言って…」
「あなた、名前は?」
その男の子にもっと興味がわいた私は近付いて問い掛けた。そんな私に彼は目をぱちくりさせつつも、犬夜叉だ、と小さな声でそう答えた。
「犬夜叉…私は佳代。よろしく」
「別にお前の名前なんて聞いてねぇよバーカ」
笑いながら犬夜叉の手を握ってみたけれど、彼はその手を軽く振り払ってそっけない態度で去っていった。
「あ…行っちゃった」
これが私と犬夜叉の出会いだった。
「ねぇ そんな所で何やってるの?」
「魚食べない?」
「昼寝中?ねぇ」
「あー!なんだよてめぇ、毎日毎日毎日毎日!!」
犬夜叉はバン、と地面を両掌で叩き、苛つきをみせる。なんだかちょっと怖いけど私は構わず続けた。
「犬夜叉と話したいから」
「なんだそれ?お前変だろ」
「なんで変なの?」
「…うるせえバーカ」
「えー!ちょっと!」
いつも通りの憎まれ口を叩いた後、彼は木にのぼって私から離れた。なんなの一体。
それから何度も会話を交わし、ちょっとずつだけど犬夜叉はまともに受け答えしてくれるようになった。
「聞いてよ犬夜叉ー!今日、大好きな焼魚を猫に盗まれたの、最悪!」
「どんくせー奴だな」
「ひどっ」
「…」
犬夜叉の肩を軽く叩いたら、彼は無言になって地面に視線を移してしまう。そんな彼に私は戸惑いつつも話しかけてみた。
「ど…どうしたの?」
「お前に、これ、やる」
「これって…」
それは、桃色の小石。小石にしては光沢があって、美しい光を放っていた。
「こ、この前見つけた。…やる」
「…小石が贈り物?」
「う、うるせぇ、いらねぇんなら捨てろ!」
犬夜叉は顔を真っ赤にし、私の手から小石を奪おうとした。けど、私はそれを阻止して笑顔を見せた。
「ごめん、嘘。本当は嬉しい。ありがとう」
「…けっ」
お互い照れくさいのか、目を合わせられずにいた。こんな時がいつまでも続いたらいいのに。永遠というものがあったらいい。そんな事を願い続けてた。
幸せな一時なんて続くわけがないのに。
「佳代」
「んー、なに?」
いつものように森で犬夜叉に会う。彼は真剣な顔で私の名を呼んだ後、じっと見つめてきた。
「話がある」
「珍しいね、そんな真剣な顔して…」
なんとなく嫌な感じがした。犬夜叉が真剣に話しかけてくるなんて無いに等しいから。
「あのな」
犬夜叉が言葉を発するのと同時に空から雫が零れ落ちる。気を取り直し、犬夜叉はごほん、と咳払いをした。
「…あのな、」
「うん」
「しばらく会えない」
「…え?あ、会えないってどういうこと?」
「人間になりてぇんだ」
意味がわからない。犬夜叉が半分妖怪、半分人間の半妖だとは知っていたけど、なんで突然人間になりたいと言い出したんだろう。
地面をぼーっと見、頭の中ではそんな思いが駆け巡っていた。
「俺は、お前と生きたい。人間として、お前と一緒にいたい」
「…それはつまり…」
「お、お前と一緒にいるのが好きなんだよ」
「!」
沈黙が流れる。耳には雨の音しか入らない。犬夜叉の真面目な顔を見つめ、私は遠慮がちに尋ねた。
「…犬夜叉が私を好き、ってこと?」
「そうだっつってんだろ」
「うそ…、私も、犬夜叉が好き」
その後犬夜叉はそっと私を抱き締めてくれた。雨に濡れてても彼の体温で暖かかい。
「大丈夫だ、すぐ戻る」
犬夜叉はそう言って、私の髪をくしゃっと撫でて行ってしまった。彼を見送る私に、冷たい雫が降り注いでいた。
あれからどれくらい時間が経っただろう。まだ彼は戻ってこない、どうなったのかわからない。だけど私は諦めない。犬夜叉が人間になって戻ってくると信じているから。