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フェニックスの力を目の当たりにして、定まった筈の私の在り方。
なのに…。
どうしてこんなに胸が詰まるような気持ちでいっぱいになってしまうのだろうか。

本のページを捲るのに内容が一切頭の中に入ってこないのは、読もうとする意識がすぐに別の方に向いてしまうからだ。魔石になった仲間を取り戻しても、救うことの出来ない現実と救い出した後に自分がしようとしている行動を考えたら、色々なものが圧し掛かってくる気がしてならなかった。

幼い頃は自分という存在を疑いもせずに幻獣界で過ごしてきた。けれど、成長するにつれて他の皆と自分が何処か違うと気付き始めていった。

確かに感じる誤差を幻獣界の皆は気付いていないように振る舞い、私自身も知らないフリをして目を逸らし続けていた。そのうえで、ユラは私と長い時間を一緒に過ごしてくれていたんだ。

だけど―――。
サマサの村で仲間やユラがケフカによって魔石に変えられてしまったことにより、隠していたものが晒されてしまう結果となった。

あの場に取り残されたのは私1人だけ。
幻獣を魔石に変えてしまう魔法を浴びたにも関わらず取り残され、知らないフリをしていた真実が目の前で全て実証されてしまったんだ。

お前は幻獣ではないんだ、と。

狂乱と失意に堕ちた私をエドガーが思いとどまらせ、再びケフカと戦う機会を得たのに全く歯が立たなかった。
世界が崩壊し、自分の叶えたい思いを叶えられれば、たとえ自身が何者だとしても関係ない―――そう思いながら彷徨っていた時、小さな村で子供たちと一緒にいるティナと再会した。

子供たちを守るためにモンスターと戦っていたとき、彼女は幻獣になれることを私に話してくれた。
けれど、人間と共に日々を過ごすティナは迷いを抱えて段々と力を失っていく。それを見たとき、私自身が自分の存在に迷いケフカに敗れた時と似ていて、心が影響する魔導が彼女と同じなのかもしれないと感じた。

彼女は人間と幻獣の間に出来た子ども。自分の出生がティナと同じだとすれば、自分が魔法を使える事も幻獣界にいたことも繋がる。
ならば、私はティナと同じ存在なのだろうか?
もしもティナがケフカの魔法を受けていたらどうなったのだろうか?。
私は魔石にならなかった、ティナと違い姿も変えられないのは幻獣の力が弱いから?だから魔石にならなかった?
繰り返し続ける自問自答なんて、いくら考えても今となっては答えは出ないのに考えてしまう。

私は人なのか…それとも幻獣なのか。

きっと僅かに残る記憶の中の母親は人間で、見たことの無い父親が幻獣だったのだろうと、迷いを断ち切り自分を信じるために導き出した答えと共に崩壊した世界を過ごしてきた。

なのに、それが新たな迷いを作り出していく。

もしも私がティナと同じなら、三闘神を倒すことで訪れる未来を打ち明けるべきなのか。だけど、子供たちと共に過ごしている彼女にそんなことは言えない。言えなくても戦わなければケフカと三闘神の影響で世界が消えてしまう。

例えどうあろうと進むしかない。それは分かってる。
だけどティナは私とは違う結末を望んでいる筈だ。

「・・・・人との共存を」

人間界で人間と共に歩んできたティナだからこその考え。幻獣界で幻獣として過ごしてきた私は、たとえ自分の全てが幻獣じゃなくても彼らと共に最後を迎えたい。

平和を叶えようとすれば、ティナの未来が消えてしまう。けれど戦わなければ世界は滅んでしまう。何が正しい事なのかが分からなくて思いばかりが頭の中を永遠に回り続けている。

以前ならもっと簡単に決断することが出来ていた筈なのに、なぜここまで迷ってしまうのか…。もう決まった、決めたんだと何度も頭の中で繰り返し続けていると、飛空艇が地上に着陸する音が響いてくる。

外には出ずに、このまま本を読んでようと考えていた。なのに静かな部屋にノックが響きわたりドアから顔を覗かせたセリスが言伝を残していく。

「エドガーが呼んでたわ。昇降口で待ってるって」

“行かない”と言いたかったのに、セリスは私の返事を聞きもせずに扉を閉めてしまった。普段から当たり前のようにエドガーと行動していたせいで、行くのが当然だと思われているのだろう。そんな事を考えながら重い気持ちを抱えたまま部屋を後にしていった。

昇降口に向かって歩いていけば、エドガーが私に城に行こうと声を掛けてくる。セリスに言伝を頼まなくても今ここで相手に“行かない”と断ればいいのに、何故か彼の顔を見たらその言葉を言えなくなってしまう。

「私も…一緒に行く」

考えと行動が裏腹になってしまい、尚更気持ちがおかしくなっていった。一体どうしてしまったんだろうかと自分を心配していた筈なのに、城の中をエドガーと一緒に歩いていたら、いつの間にかその考えが頭の中から消えていた。

綺麗に飾られた調度品や、紅い絨毯の敷かれた廊下。フィガロの城を訪れたのは初めてではないのに、以前よりも美しく見えるのはどうしてだろう。

色々なものに改めて目を奪われながら長い廊下を歩いていると、奥の部屋から小さな女の子が出てきた。リルムよりも幼いその子はエドガーを見つけた瞬間、満面の笑みで駆け寄ってくると彼の足元に抱きついた。

信頼関係が窺える微笑ましい光景に穏やかな気持ちになったのだが、少女が発した一言によってそれが正しい見方なのかどうかが分からなくなる事態になっていく。

「へいか、ケッコン!ケッコン!!」

「・・・・・?…けっこん…?」

聞えてきた言葉の解釈は今思っている考えで合っているだろうか。頭を悩ませているとエドガーは女の子の前にしゃがみ込んで、同じ言葉を繰り返す少女を落ち着かせようとしていた。

「その言葉は男の子が言うものだよ、レディ」

「だって、へいかが“きみが大きくなったらけっこんしよう”っていったもん!」

少女の話を聞いたエドガーは上手い具合に言葉を組み合わせて女の子の気を別の方へ遠ざけようとしていた。しゃがんでいる彼と小さな女の子を漠然とした視野で捕らえながら、私は会話の中で妙に気なった単語について考え始めていた。

それはエドガーが喋った“レディ”という言葉。

過去を振り返ってみるとエドガーがフィガロ城にジェフとして潜入したとき、セリスが彼の特長をその言葉で表していたはずだ。

『レディなんて言うのは、エドガーさんだけよ』

他には、マッシュと一緒に戻ってきたユカと再会を果たした時も彼女をそんな風に呼んでいた筈だ。レディという言葉の意味をどうしても知りたくなった私はエドガーに図書室がどこにあるかを早速聞いていた。

「まだこの城にいる時間はある?」

「ああ、大丈夫だ。どうかしたのか?」

「その、図書室に…。救出の時は行けなかったから」

「そうだったな。案内しよう」

「平気。1人でいける」

「場所を知らないだろ?」

「…エドガーは忙しいだろうし、城の人たちに聞く」

相手の了承など得もしないで、独断で歩き出していく今の自分はどうしてこんなにも余裕が無いのだろう。分からないけれど、いまはどうしても言葉の意味を知りたくてたまらなかった。
廊下をいつもより足早に進みながら、お城の人に場所を教えてもらい図書室へと辿り着くと、目の前に広がっていたのは、列を作るように並んだ棚に沢山の本が隙間無く収められている見たことも無い光景だった。

「こんなに…本が」

ゆっくりと進みながら背表紙の題字を流れるように見ていけば、知らないものばかりが並んでいて読んでみたいという好奇心からついつい手を伸ばしそうになる。

「!…ち、違う。そうじゃなかった…」

ここに来た目的を思い出し、部屋にいた男性に声を掛けて言葉の意味を調べるための本はないかと尋ねる。使い方を教わった後、私は他人から身を隠すようにしてそっと本のページを捲っていった。

「レ・・・デ…ィ………。あ、これだ」

見つけた文字を人差し指で示しながら言葉をなぞるように読み進めていくと、そこにはこう書かれていた。

「・・・・・・女性」

意味を知った途端、どうして自分は彼からその呼び方で呼ばれないのだろうかと考えてしまう。共に戦うための“力”として見られているからなのか、それとも幻獣という特殊な存在だからなのか。

相手に“レディ”と言われたことが一度もないのは何故なのかと理由を必死になって探していたけれど、呼ばない発端が自分なんだと分かったのはその直後だった。

ああ…そうだ。
私がそれを無くして欲しいと彼に言ったんだ。

世界が崩壊した後、再会を果たしたエドガーと私がニケアの町で夜を向かえた時、同じ部屋にいられないのはどうしてなのかと聞いた。そして返された言葉を彼の考えとは違う意味で私は捉えてしまいショックを受けたんだ。

私は人間ではないから別々にされたんだと思ってしまった。
けれど彼は互いの性別が違うから分けるべきだと言った。

自分は種別で分けられたと考え、彼は性別で自分達を分けた。現実から失くす事など出来ない隔たりなのに、それでも私はそうされることを拒んだ。

幻獣界に住む男性であるユラと、同じ幻獣として一緒に過ごしていたのだから、今更性別や種族の違いで分けられるなんて、どうしても認める事が出来なかった…。

だから彼は私の事を名前で呼んでいる。
人間だろうと幻獣であろうと、男だろうと女だろうと関係の無いものだけを使って互いを呼び合おう、と。

だから彼は私を“レディ”と呼ばない。
約束してくれた通りに接してくれているだけのことなのに―――。

なのに………。
どうしてこんなに複雑な気持ちになるのかが分からない。


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