序■page:00
小さい頃、こんな本を読んだことがあった。

“魔王が世界を征服し、全てを我がものにする”という話だ。

それを読んだ当時の俺はこんな風に思った。
全てを牛耳ることの一体何が楽しくて、どこが幸せなのかと。
強大な力を持つ魔王が己の全てを使ってやることがこんな事かと正直呆れた。

1人で何もかも自由に出来ることは大して面白くはないだろうし、苦もなく命令が通るなら、それはたった一人でボードゲームをしてるのと同じなんじゃないか?。

反応する、跳ね返ってくる、消される、変化する。
これが噛み合い動作するからこそ面白い。

俺の隣で一緒に本を読んでいたマッシュは、魔王を悪いヤツだと言う。
だけど、こんな風に付け足した。

“皆で仲良くできたらいいのに”

俺とは違い、本当に心優しい弟だと思ったのを覚えている。
そしていつも、物語の結末はこうなるのを知っていた。

【魔王は強く正しき者に倒され世界に平和が訪れる】

平和とは何か、それは自らの立ち位置で全てが変わる。
自分にとっての平和が世界の平和ではないし、その逆もまた然り。

ここまでくるといつも思考が手打ちになる。
だからこう思った。

「王様なんて…なりたくないな」




=11年後=


「エドガー様!!こちらにおられましたか!!!」

廊下の一番端から私を呼ぶ声が聞えてくる。
それなりの年齢だというのに本当に元気なじいやだと毎回思った。
相手の声は耳に届いていたが、心に響くようなものじゃない。
だからこそ、目の前の相手にしか顔は向けなかった。

「今日は一段とキレイだね、レディ」
「まぁ、エドガー様ったら…そんな」

頬をわずかに染めながら私の言葉に嬉しそうにしてくれる相手。こんな女性が目の前にいるのだから、後方から声をかけてくるやかましい男を相手にする気にはなれないんだ。

「エドガー様!!まったく!お返事くらいなさってはいかかだ?」
「ああ、すまない。手が離せなくてね」
「口なら動かせる筈ですぞ」
「ああ、そうだったか?使い方を忘れていたよ」

相手の大きな溜息を無視して女性に言葉を掛けていると、じいやにこちらをご覧下さいと差し出されたのはいつものモノだった。

「さあ!エドガー様、今日こそお選び下さい!!」
「毎回言ってるじゃないか。全員魅力的過ぎて選べないと」
「何を仰る!見てもいない事ぐらい、じいやとて分かっているのですぞ!」
「だったら私が女性達に心募らせ公務に支障が出ても文句は言わないか?」
「な、なんですと!?」
「伴侶を選ぶというのは簡単ではないんだよ。それくらい分かるだろう?」

縁談写真を受け取ることはせず、じいやに持たせきりにする。
机の上にでも置いといてくれと毎度同じようにあしらっておいた。

「美しいレディが目の前にいるというのに、失礼な話をしてすまない。どうだいこれから――」
「エドガー!!!早くご公務に戻りなさい!」

重厚感のある厳しい声が、またも後方から聞えてくる。
渋い顔を一瞬しながらも、振り返るときには既に笑顔へと変えた。

「ばあや。ご機嫌麗しいようで何よりだ」
「不機嫌と言った方がいいかも知れないわ。あまり他の方を巻き込むのはおよしなさい」
「ああ、そうだね。分かったよ」
「本当に?それは良かったわ」
「では、これから2人で一緒にお茶でもしようじゃないか、ばあや」
「エドガー!!いい加減になさい!私に声を掛けるなど、一体何を考えているの!」

じいやとばあやがセットになって怒り出したせいで、いつのまにか女性はどこかに行ってしまったようだ。雷のようにゴロゴロと音を立てる二人を差し置き、仕方なく自室へと帰っていくことにした。


「ふぅ・・・・・」

溜息を漏らしながら机の上にある書類に目を通していく。
殆どは報告書の類で、認可の判を貰うためのもの。
文章に一通り目を通した後は、もっぱら機械のように紙に印を押していくだけの仕事だった。別に公務を軽視したり疎かにしてる訳では決して無いが、楽しいとは言えないのも本当だ。

柱時計のカチコチという音が響く静かな部屋。
世界情勢がわかる新聞を読むのもまた自分の仕事の様なもの。送られてきた多くの手紙も読み終え、ペンを奔らせ返事を書けば、ようやく公務がひと段落を告げる。

冷たかった筈の紅茶はいつのまにか温くなり、カップの受け皿には水が溜まっていた。
そんな紅茶を一口飲んで、椅子から立ち上がる。

重たく感じるマントを外し、上着も脱ぎ捨てソファーの背に掛ける。
白いシャツの袖を折りながら歩いていく先は自分だけの秘密の部屋。
誰にも邪魔されず、自分だけに作る自分専用の機械。自らが考え編み出す奇抜な作品を作っているときだけは、本当に唯一自分に正直でいられる気がする。

小さなネジから大きな歯車。
部品は大小さまざまで、多様にあるモノの中から自分の設計図に必要なものを選び取り組み合わせる。
考えれば考えただけ新しいものが出来上がり一つの機械が誕生するんだ。

一つでも欠けてしまえば動かなくなり、掛け違えただけでも噛み合わない。
至極難しく面倒で。
けれど、自分が選んで配置して組み立てたものが、全て合致して動き出した時の喜びは言い表すことの出来ない感動が生まれるのを俺は知っている。
だからこそ、こうやって機械をいじることを楽しいと感じてしまうんだろう。

やるべき勤めを果たし、自らのテリトリーである国土に目を配る。
これからの未来を見据え、発展と展望を持ちながらある程度余裕をもって国王としての生活をしていた俺だった。

だが、そんな落ち着いた状態は長くは続かないのも分かっていた事だった---。


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bkm

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