俺はいつも自分の直感に素直に従ってきたけど、今ほど信じて良かったって思った事は無かった。
ツェンでユカが居た事を聞いて、マランダに向かったのを知ったとき胸がザワついた。一番最初にあの町を訪れたとき、腑抜けた帝国兵がいる雰囲気に凄く嫌な感じがしたからだ。何が何でも追いついて、胸騒ぎが現実になって欲しくない一心で俺はマランダの町を目指した。
あと一息という距離までくると、流石に休み無しが堪えたのか、ガウの足取りが段々遅くなっていく。だけど、夜が空ける前までには着かないと、またどこかにユカが行ってしまうかもしれない。
自分のワガママにガウを巻き込むのはよそうと、ここでテントを張って休んでくれと言ったけど、ガウはそれを嫌がり結局最後までついてきてくれたんだ。
町の入り口に到着すると同時に、力尽きたガウ。ここで待っててくれと言葉を残してユカを探そうとした直後、目の前にあった宿屋から聞こえて来た口論の声に意識を持っていかれた。
何かがあったんだと勘が働いて、ドアを蹴破るように開ければ、そこには探し続けていたユカの姿があった。
「絶対に嫌ッ!!!離して!!早く離してってばッ!!!」
必死に抵抗しながら声を荒げる彼女を見た瞬間、こんなことをする相手に今までに感じたことの無い怒りがこみ上げてきた。
そして“助けて”とユカが口にした一言が、自分の全てになっていった。
「今すぐユカから手を離せッ!それが嫌なら命を掛けて俺と戦え!!」
相手の腕がへし折れたって構わないと思うくらい、怒りが勝手に俺の中から込み上げてくる。抱く感情は間違いなく黒くて、こんなにも自分の感覚を狂わせるんだって初めて知った。
男は俺の態度に恐れおののき謝るように逃げていったから、どうにか激昂する気持ちは落ち着いてくれた。
そしてユカを見つけられた事が、この気持ちを別のものへと変えていく。
「お前が無事で良かった。間に合ってホント良かった…」
これが本当に本心で、何故かそれしか出てこない。
ユカが言う通り、本当は他にいくらでも言いたい事があった筈なのに、それが全部頭から消えて心の底から無事で良かったって思えたんだ。
俺は“帰ろう”って言葉が素直に出てきたけど、ユカはそれを何故か拒む。
どうしてなのか理由を聞いたら、相手はこう言った。
「世界を見たけど…帰る場所なんてなかった。どこにも…そんなのない…っ」
出て行ってまで探していたのは、帰る場所だったんだって今になってようやく気付く。俺に黙って居なくなったのは、きっと旅が出来ない状況に耐えられなかったからなんだろうな…。
ただ、俺もユカの探す世界がここに無いのは薄々理解してた。だとしても懸命に探してる彼女にそんな事言いたくなかったし、いつか戻れるって希望だけは持ってて欲しかったんだ。
だって俺の前に現れたのも本当に突然だったから、きっと帰る時も同じようになるんじゃないかって思えたから。
だからこそ俺は、封魔壁から戻ってきた時にユカが居ない事に焦ったんだ。
突然現れた時のように、突然居なくなったんじゃないかって。
さよならも言えないまま、別れるなんて嫌だ。
不器用な自分のせいで、すれ違った気持ちのままなんて嫌だった。
だからこそユカが“出て行っただけ”と分かった時、俺は安心した。二度と会えない訳じゃないなら、絶対に見つけてみせるって決心できた。
だけど、やっとの思いで見つけた彼女は帰る場所が無いって悲しむ。それなら、こうすればいいんじゃないかって思ったんだ。
“戻る時までを旅にしよう”って。
それまではせめて俺と一緒に居て欲しい。
いつか別れが来ると分かっているなら尚更そうしたい。
でも---ユカは俺とは違う心持ちだった。
「明日ならいいけど…ずっと居たらどうするの??絶対そんなの嫌だよ!!」
あるべき世界に帰りたいと強く望む気持ち。
自分との間にある温度差は大きくて、それでも相手の為に何かしたいと思う俺は、おかしいのかな。
「よし!だったら爺さんになっても一緒に旅してやる!それでいいだろ??」
笑って言えば、ユカは反対に辛そうにしながら“一緒に居たい”って話した。
さっきの言葉と今の言葉が俺の中で対立し合って、彼女の気持ちが分からなくなる。
元いた場所に帰りたいのに、皆と一緒にいたい。
それは何でなんだろうって。
だけど俺の手を掴み、しっかりと目を向けて掛けてくれる言葉は本物だ。
「…ありがとう……っ」
ぎゅっと握ってくる相手の手の温かさ。
それが本当ならそれでいい。
ユカは俺の目の前に居て、今一緒に居る。
限られた時間を一緒に笑って過ごせれば、それが一番なんだから・・・。
申し訳なさそうに小さな笑みを返すユカに飛空挺に帰ろうと話すと、彼女は宿屋の主人に経緯を話しに行った。騒動を起こしてごめんなさいと謝って、それから戻りますと伝えると深々とお辞儀をしていた。
「もう、大丈夫。話してきたから」
「おし!じゃあ戻るか」
「…マッシュはもしかしてここまで一人で来たの?」
「いや、俺1人じゃなくて……そうだ、ガウ!」
ユカを助けるのに必死になりすぎて、ガウを町の入り口に置いたままだったのを思い出す。慌てて戻ってみると、そこにはぐーぐーといびきをかきながら爆睡しているガウが転がっていた。
「寝ちまってる…」
「……ガウにまで迷惑掛けちゃった…」
ごめんねと謝りながら頭を優しく撫でる彼女。
だけど、ユカがガウに対して優しかったからこそ、アイツをここまで頑張らせたんだと思った。
起きそうもないガウを背負って、星が瞬く夜道をユカと俺は並びながら歩いていく。寒くないかな?と気に掛けるユカの様子は、何ていうかあの存在に似てる気がした。
「お母さんみたいだな」
「……やめてよ」
「いいだろ別に。悪い意味で言ってないぞ」
「私、そんな大層な存在じゃないから…」
「でも俺は何となくそう思った。きっとこんな感じかもなって」
結局俺のイメージに過ぎないけど、ばあやが俺達兄弟にしてくれた事を母親がずっと居たならしてくれたのかなって。
俺に物心がつく前に母親が死んでしまった話を、気付けばユカにしていた。少し悲しそうにする彼女だったけど、いきなり笑顔を作って変なことを言ってくる。
「じゃあ、お布団かけてあげようか?」
「なに!?このやろー」
「なんてね。というか、今まで何回掛けたことか」
「それ、どういう事だよ?」
「知らないの?マッシュってよく布団落としてるんだよね」
「............」
だから掛けてあげてたって言ったりするから。
旅をしてたとき、いっつも朝起きるのが遅くて俺に起こされてるのに、自分が寝てる間にそんな事されてたなんて知りもしなくて、恥ずかしさから紛らわすように言い返してやった。
「お前さ、結構いい奥さんになれるんじゃないか!きっと」
反撃が効いたようで黙り込んだユカ。
だけどすぐ後に、いきなり俺の腕にパンチしてくる。
「“結構”とか“きっと”とかは言わなくていいの!」
相手の沸点が分からず困惑しながら月が照らす夜道を歩く。
いつもの雰囲気がお互いに戻ってきたことが嬉しくて、疲れている筈なのに足取りは凄く軽かった---。