EP.52
「はぁ……」

一体これは何なんだ?。
俺は10年間という長い間を、ダンカン師匠の弟子として修行してきたんだ。
心身ともに強くなった筈なのに、それを揺るがすような事態が、最近ちょくちょく起こるようになった気がする…。

発端がいつだったのか、とか、どこだったのかなんて全く分からない。
だけど、気付いたらそうなってた。

戦えないユカをフォローするのは自分の役目。
それはサウスフィガロの町で、一緒に旅をすると決めた時からの自分との約束事だ。

そう思って、行動するのに何故かいつもうまくいかない。

帝国軍陣地で乱闘が起こり、機械で作られたアーマーに乗って対抗しようと考えた時の事。本当は俺と同じアーマーに乗る筈だったユカが、いつの間にかカイエンと一緒になっていた。

しかもそんな事が魔列車でも起こったんだ。
レテ川を流れ、辿り着いた先で、仲間になったシャドウ。
この男は頼りになるだけに、誰よりも先に助けに入る。
大量のお化けに追いかけられた時、俺は車両の屋根を走って飛び越えようと閃いたんだ。とはいえユカ1人では厳しいだろうと手助けしたくて呼び寄せたつもりだったのに、後方にいたシャドウがいきなり彼女を抱きかかえ、いつの間にやら一番に飛び移り危機を回避していた。

追いかけて飛び移った直後には、体重が掛かりすぎたせいで老朽化した屋根が抜けて落下。落ちたユカを助けたのは、この列車内で仲間になったお化けだったというオチ。

どうにも出来ない状況が続く中で、バレンの滝でようやく自分が本来の役割を果たせる時が訪れたんだ。滝に飛び込むのを怖がるユカを説得するのは苦労するなって思ったから、俺はそれならばと奇襲攻撃を敢行。

悟られないように、ゆっくりと。まるで意見に同意してるみたいに距離を稼ぎ、警戒を解いてから相手に向かってダッシュする。

「旅は道連れ!!」

急過ぎて身動きの取れないユカを持ち上げて滝に向かってダイブすれば、流石に怖いようで大声を上げながらこっちにしがみついてくる。
この時に“やっとだ”と呟いたのは、これが要因で。

相手は何もわかってないけど、やっぱり自分で助けたいと言ったからこそ、そうしたかったんだ。

滝つぼに落下する直前、お互いの手を伸ばし引き寄せ合う。水の中に入るとき、助けたいって気持ちが強くなってぎゅっと相手の体を抱きしめていた。

役割を果たせて良かったと思いながら、次に目覚めたきっかけは、後頭部を突然襲った痛みだった。いくら草地だったとはいえ、結構な衝撃を受けた俺は声をあげて自分の頭を摩りながら起きた。

その後は獣ヶ原を横断し、東のモブリズに無事到着。村の入り口付近にいた住民に話しかけられ“客人が来るなんて珍しい”みたいな事を喋っていた。
それだけだった筈なのに、隣にいたユカが俺の脇腹をドスッと肘鉄してくる。

訳の分からない仕打ちを受けた後、宿屋で休憩をする事にした俺達。だけど、早々にユカは買い物に出かけていってしまった。
忙しないやつだなって思っていると、戻ってきた彼女は、ほしにくを抱えていた。

腹が減ってるからか?と聞けば違うって言うし、飯は食べないのかって聞いたら食べるっていうし。よく分からないやり取りをしてから、三人で飯を食べながら色々な話をしたんだ。

カイエンとユカの雰囲気が何となく似てる事。
ドマの風習や文化が日本という場所に似てる事。

ただ、決定打になるような話には至らなくて、少しだけユカの声音が寂しそうに聞こえた。
だから、俺なりに励ましたつもりだったんだけど、言葉の意味合いを間違ったようでそれに呆れたユカは、妙に楽しそうにしながら風呂に行っちまったんだ。

そして、置いてかれた俺といえば、おなごとは何かと語るカイエンの説教じみた説明を延々と聞かされていた…。
逃げることも出来ず、相手の話に耳を傾け続けていると、俺はふと自分自身に対して考えが及んだ。言われてみれば、自分は今まであんまり女っていう存在を気にして生活した事はなかったなって。

父であるフィガロ王の息子としてアニキと一緒に生まれて、王族としての教育を色々と受けて生活してきた。
ばあやに召使い、それから自分の性格も相まって近親者以外はあんまり接点が持てなかったし、立場的に外に自由に行ったりも出来ない。だから何の隔ても無く他人と接したのは城を出てからだ。

ただ、城を出たのも自分の意思とはいえアニキに背中を押される形だったから、お師匠の元に弟子入りして修行に明け暮れる山篭り生活。という事は、ある意味囲われた生活だったから、自由に行動してるのは今現在なのかもしれない。

カイエンの力説を右から左に受け流しつつ、そんな事を考えていた俺だった。

そのあと、蛇の道っていう場所を住民から詳しく聞くことができた。
今後の日程を決めるため部屋に戻ろうとしたら、その途中でふと目に止まったのは俺の好きなお茶。後で飲もうと茶葉を分けて貰い、部屋に戻って武器や装備の手入れをしていた。それが終わった後、お茶を入れてくつろごうと思ったら、丁度ユカが戻ってきた。

つまり別れてから今までの時間、ずっと風呂に入ってた事になるわけだ。

「よくゆでダコにならないな」
「だって気持ちよかったから、つい」

嬉しそうに笑うから、風呂が好きなんだなって思った。普段着てる暗めの服と違って淡い色の服を着てると雰囲気がなんか違う。濡れた髪がいつもより艶やかだし、薄紅色の頬や唇が柔らかそうだなぁ…って。

それに、ほのかに香ってくる風呂上りの石鹸の香りが---。

「いい匂い」

思ってた事を俺が口にしたのかと思った。
だけどそうじゃなくて、お茶を示した一言だったのか、一緒に飲みたいと彼女が頼んでくる。

そういえば美味しそうに飲んでたのを思い出して準備をしていると、ユカが俺の方を見ながらこんな事を言う。

「いっぱい入れて…溢れるくらい」

カップを両手で押さえながら、上目遣いでこっちを見つめてくる相手。
風呂上りのせいか少し脱力した感じがあって、首周りの開いている格好も声音も何もかもが、いつもと違うせいで変に動揺してしまう。
返事はしたものの雰囲気に魅せられてぼーっとしてしまい、本当にお茶が溢れて怒られたというのがモブリズでの一件だ。

他にもこんな感じのことはニケアでも起こった。
海流を流れ町に辿り着き、またまたびしょ濡れの俺達。
ユカは早速着替えに宿に向かい、戻ってくると全然違う格好になって出てきた。
ガウが“男から女になった”とか喋ってたけど、あながちハズレでもないと感じたんだ。

町娘が着てるような長い丈の服は師匠の山小屋の時に見たけど、膝上のやつなんて今まで一度も見たこと無かったからだ。
思った以上に綺麗な脚だなって感じたのが素直な感想で。

すると隣りにいたカイエンが照れくさそうにするユカを見て、すんなりと褒めたからビックリした。
ユカもユカで何だか嬉しそうにしてたし、出遅れた俺だけが取り残されていた。

とはいえ今まで容姿について相手に感想を言うなんてしたことがない。だからこそ、俺は飯の時も迷ってた。
言うべきか、それともこのまま黙っているべきかを。

カイエンだってガウだって言ってたんだから俺だって言ってやる。そうしたいと思う一番の理由はユカが嬉しそうにしたから。
ただ、言うとしても何て言えばいいんだ?
服がいいな?それともカイエンと同じく似合ってる?いや、同じこと言っても反応は薄い気がするし…。
そんな事を店のメニュー表を見ながら、永遠と考えていたらユカがまた俺の気持ちを悟ろうとしてくるんだ。

「もしかして悩んでるの??」

見透かされたと思って焦ったけど、何やら飯の話だったようで、またも俺は変な奴扱いされただけで終わった。
結局その事に関して話すことは出来ず、メシを食ってる間に頭からすっかり抜けていた。
腹も満たされ宿屋に帰ろうと、会計を済ませにカウンターに行ったら、今度は踊り子らしき女に絡まれ一悶着になる。

濃い目の化粧と派手な色の挑発的な服。
猫撫で声で言い寄られたカイエンが慌てたように怒り出してた。

「な、な、な、何をふしだらな!そこに直れ!」
「お堅いことなしよ。楽しもうよ。ほら、タニマ」
「た、た、たた、タニマ〜〜〜!?」

面倒な事が起きそうな予感は的中し、何だかんだと言い合いが始まる。
これ以上、事が大きくならないうちにカイエンを落ち着かせようと間に割って入ったら、俺まで巻き込まれて話がややこしくなってく。

「お、おぬしは平気なのか?」
「禁欲生活長かったからねぇ。これも修行の賜物ってこと」

笑ってその場を誤魔化してると、いきなり俺の腕に触れた熱い手のひら。
驚いて目を向けると、俯き加減のユカが宿に帰りたいと話してきたんだ。

この場所から宿屋まで大した距離じゃないし、同じ町の中なんだから迷子になる心配なんてない。だけど、どうしてなのかいつもと違う格好をした彼女を、賑わう町の中で1人にさせたくなかったんだ。
未だに踊り子に説教してるカイエンの仲裁に入り、無理やり話を終わらせ帰ろうと皆を促す。
そしたらユカが変に気を遣ってきて“もっと居たかったのにごめんね”なんて言ってくる。しかも何度も確認してくるから、俺があの踊り子に興味津々だと思われたんじゃないだろうか。

在り得ないだろ!と、むっとしながら追い出すように酒場を出て、宿に帰っていったのがニケアでの事。


そして今、遭遇してる状況は、というと。
今まで以上に厄介な事になっていた・・・。

ニケアを船で出発した俺たちは、ナルシェを目指して帝国に占拠されたサウスフィガロの町に向かっていた。とはいうもののどうやって敵の目をかいくぐって町を脱出するか悩んでいた。するとそこで、運良く協力してくれたのがこの船の船長だった。しかも、敵に見つからず町を抜けられるって言うんだからこっちとしても願ったり叶ったりだ。

そして、サウスフィガロの港に到着すると船長はドヤ顔で俺たちに箱の中に入れと言い放つ。確かに隠れて運んでもらう作戦は、スゲーいい考えだとは思うんだけど…なんていうか、俺の心に言い表せない引っかかりみたいなモンがあるのも確かだった。

しかし、しかしだ。
これは町を抜ける為の作戦として重要な事。
俺がどうこうじゃないし、変に考える事こそ相手に対して悪いんじゃないのか??。

うーんと唸る言葉しか出ない俺に“どうしたらいいかな?”と話しかけてくるユカの声。一応は相槌を打ってるけど、本当はあんまり耳に入ってなかった。だけど、嫌だよねっていう言葉はハッキリ聞こえてきたから、あっちは嫌なんだなと知る。

「まぁ、仕方ないよな!ちょっとの間だし、我慢するしかない!!」

作戦なんだから仕方ない、作戦だから我慢してくれと相手に言ったつもりだった。
そうすれば俺と一緒が嫌でも入ってくれるだろうし。

と、安易に考えていたら、箱に入ったユカは思った以上の距離を作り出す。何もそこまでしなくてもいいだろってくらいに、箱の端にすごく小さくなって三角座りしているのを見て割とショックだった。

でも、どれだけ小さく収まってもデカい俺が入ればユカの場所が無くなる。
脚の上に乗ってくれと話すけど、一向に座ろうとしない。相当な拒絶にまたもショックを受けてると、自分は重いからダメだと彼女は言い訳していた。

嫌なら座らなくてもいいけど、間違いなく無理だろうなとは思ってた。
そして案の定、動き出した揺れに耐え切れずユカがこっちに倒れてくるのが分かって、俺はすんなりそれを受け止めた。

動揺しながら謝る相手に、“このまま居るか座るか”どっちがいいか聞けば速攻で脚がいいと答えてきた。言われた通り自分の脚の上に座らせようと気を利かせたけど、逆にいざこざが起き始める。

「あ!ちょっと…ッ変なところ触らないで!!」

急に大きな声で喋ったユカ。
変なところがどこなのかって尋ねても答えてくれない。
たださっき、ちょっと柔らかい感触が手に触れたような気もしないけど…いや。

ただの気のせいだと意識を飛ばし、無我に入ろうとしたのにユカの動きで一気に集中力が吹っ飛んでいく。

「ッおい!!変なところ座るなって!!」

よりにもよってどうしてそこなんだよ、と思うような所に腰を降ろすから流石の俺も焦るしかなくなる。“何で?”なんて聞かれたってそんな事言える訳もないし、マズイとしか言いようが無かった。

早く移動して欲しいのに動かないから、ユカの腹部に腕を回して脚の上に座らせた。さっきみたいな事にならないように、危ないからって理由で相手を掴まえたまま過ごす暗い箱の中。

敵に見つからないよう静かに過ごしてると視界が利かない分、脚から伝わってくる相手の温かさと腕から感じるぬくもりが妙に心地良い。それに柔らかいし、揺れる度に髪から香る淡くていい匂いに不思議な気持ちになっていく。

自分の腕に偶然重なったユカの腕。何だかこのまま相手に寄りかかってしまいたいと思ったのは絶対に自分だけの秘密だ。

箱の揺れが収まり、ドンドンと叩く音が聞こえると、蓋が取り外され外光が差し込んでくる。もう終わりか…なんて思いつつ、もうちょっとだけと思って黙っていたらユカが『着いたよ』と急かす様に言ってくる。

短い返事をして、ユカを抱きかかたままジャンプをして箱から飛び出す。
お礼の言葉を告げる彼女から足早に離れたのは、表現し難い感覚と気持ちに苛まれて上手く話が出来そうになかったから。

ああ、ホント。
こんなことで動揺しちまう、未熟な俺を誰でもいいから叱ってくれ…。



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