ユカが倒れてから1日が過ぎた次の朝。
体調はどうだ?なんて聞かなくたって、目の前の様子を見れば歴然だ。
「スープおかわりしてもいいかな?」
朝からこんな調子だし、顔色も良くなって元気な姿を取り戻してる。きっと薬を飲んだのと休息をしっかり取ったお陰だろうな。
そして、もう一つ。
それは兄貴のお陰だ。
旅をするのに金が掛かるのは分かってるけど、モンスターと戦えば収入源が無い訳じゃない。ただ、宿代以外に装備やアイテムに充てればどうしても減っていく。
兄貴がユカに渡したお金は、もしかするとこんな有事に備えてなのかもしれないと思ったからだ。無理をする事、性格上深く考えるユカだからこそ、彼女自身に使えるお金を持たせたのかもしれないって。
それは医者が診察して、数日苦しむかもしれないと言われたからだ。
辛さを和らげる手段はないかと聞けば、この薬を使えばいいと言われたのは手に入りづらい万能薬。
いくら高くても薬一つでユカが元気になるのならすぐにでも欲しい。
ただ、ナルシェでの戦いに備えて準備を万端にした事が災いして足りないお金。
戦闘して稼ぐ事もできるけど、時間が掛かる。
そんな時に兄貴が渡してくれた資金があるのを思い出したんだ。
「アニキって、すげーな…」
もしも今を見通していたとしたら、こんな凄い事はない。それを離れた場所で俺は実感していた。
一国の主で、城を守り国民を守り、今よりもずっと先の未来を考えて動く。
自分には到底無理な芸当をやってのける兄貴が自分の兄弟であることが誇らしい。その優しさに感謝しながら、元気そうにするユカに目を向けていた。
すると食事を終えた彼女が真剣な顔つきで俺達を見つめてくる。
「マッシュ、カイエンさん、ガウ。ごめんなさい、それから本当にありがとう!」
改まって頭を下げ、顔を上げた彼女は清々しい笑みを浮かべながら、今度からは気を付けるからと、ちょっとだけ申し訳なさそうにした。
いつもの調子に戻ったことに俺達三人も笑顔になれたし、これで皆揃って船に乗ってサウスフィガロに向かう事が出来る。
「さ、行こうぜ!!」
準備を済ませ港に向かい、定期船の船長にサウスフィガロまで乗せてもらう。
船に乗るのが初めてのユカとガウが楽しそうにはしゃいでいると、大きな汽笛を鳴らして港を出港する船。
海をゆっくりと進んでいき、段々と速度を増すと潮風が髪を揺らす。船の先に居たユカが振り返ると、髪が風に煽られ顔が全部真っ黒に覆われていた。
「ぶっ……だはははっ!」
お化けみたいな恰好を笑うと、掛かった髪を避けながらユカがむくれる。
追い風に背中を押され俺の所まであっという間に来ると、また髪が煽られて結局一緒になって笑っていた。
「船ってこんなに速いんだね」
「あっという間に着きそうだな」
「そうだね」
「兄貴達も無事についてるといいけど」
すると、ユカが俺の背中をバシンと叩いて言う。
「大丈夫だよ。だってマッシュのお兄さんだもん。ティナもバナン様もいるんだから」
「そうだな」
「それに、間違いなくマッシュよりは安全に進んでる」
「・・・おい、それどういう」
どうもこうもないよと話すユカ。
川は危なかったとか、滝は危なかったとか、海流は危なかったとか。
全部結局それのことで。
「マッシュと水が合わさると危険ってことが分かったから」
だから水には近づかない方がいいかもね、なんて言ってくる。
「じゃあ、海はどうすんだ?目の前にあるぞ」
「じゃあ寝てるのがいいと思う。そうしなよ、ね!」
「何でだ??」
「昨日、看病してくれたから。着いたら起こすよ」
そう言って寝かせようとする自分だって病み上がりなくせに。
だから無視するように海を見ながら断ってやった。
「船ではしゃいで誰かが落ちたら困るだろ」
ちらっと横を見ながら言うと、ユカはその目線を受け流す。
「ああ!ガウだね!うん」
「お前もだって」
「……落ちないってば」
「分かんないだろ」
「落ちません」
「そういう奴に限って結構落ちるんだよなー」
喉で笑いながら言ったら、ユカは船の縁に寄りかかる俺の背中をぐいと押して落とそうとする。だけど、やろうとしてる割には全然力が籠ってなくてふざけてるのが可笑しくて仕方なかった。
「はぁ…重たくて無理」
「へいへい」
隣に戻ってきたユカと目があって声を出して笑えばガウが寄ってきて、カイエンも混ざって皆が集まる。
辛くて大変な筈の旅なのに、こんなにも楽しいのは仲間が居てくれるお陰。
それはとっても嬉しくて、心強い事だから。
この先困難があっても切り抜けられる。
そう思えるのは、きっと目の前にある笑顔のお陰なんだろうな---。