ありきたりな日々
「はぁ………」

帰ってきた一人暮らしの我が家。
誰も居ない家に電気がついている筈もなく、吐き出した溜息はいつものように真っ暗な部屋に消えていく。

玄関横にあるスイッチを押せば部屋全体が明るくなる位の狭い部屋。中央にあるテーブルにビニール袋を置いて、カバンとジャッケットを乱雑に壁掛けに吊す。

大して見もしないテレビの電源を入れて、無音を紛らわしながら食事の支度でもしようかと手を洗う。
帰りに立ち寄った店で買った食品をレンジに入れてスタートボタンを押し、マグカップに粉を入れて沸騰したお湯を注げば簡単にスープの出来上がり。
少しばかり健康を意識して、千切った野菜にドレッシングをかければあっという間に夕食の完成だ。

ご飯を食べながら見る動画。
行儀がいいとは言えないけど、それを怒る相手も今は居ない。

成人して就職もして親元を離れ一人暮らし。
恋人とも結構前に別れたし気を使う相手はもっぱら職場関係だけで、家では気兼ねなく一人を満喫していた。普通に朝が来て、出勤して、仕事して、ご飯食べて寝て、普通に一日が終わっていく普通の私。

夕食を終えて台所に容器を置けば、洗いものの数は極端に少ない。
一分もかからずそれを終えて、また動画を見て。
なかなか終わりどころが分からず見続けてしまう誘惑を断ち切るのは、壁掛け時計の音だった。

今日という日が当たり前のように終わり、また明日が勝手にやってくる。

「はぁ…」

面倒に感じながら二度目の溜息を漏らし、立ち上がって浴室へと向かっていく。シャワーで済ませる入浴にそれほど時間はかからず、温まりきらない体は入る前よりも寒く感じた。
着替えを済ませ、ドライヤーで乾かす髪の毛。
ある程度乾いた所でスイッチを切れば、音のしない空間に短い着信音が響いた。

友達からの他愛の無いSNS。
ベッドに寝転がりながら取り留めの無いやり取りをして、何となくの雰囲気で返事を返すことをやめれば自然と終わるネット上での会話。
もうそろそろ寝なきゃ明日が辛いのは分かっているのに、全然眠れるような気分でもなく、ダラダラとスマホをスワイプしてはあちこちを巡っていった。

他人の今日の出来事を見ては何だか楽しそうに過ごしてるなぁって思えて、ほんの少しだけ羨ましくなる。
自分は特筆すべき事も無く、ただ無難に毎日が過ぎるだけ。

悪いことではないけれど、楽しいかと言われればそれは違う気がした。没頭するような事も見当たらなくて、小さいころの方がもっと毎日が楽しかった。

友達と遊んだり、出かけたり、勉強はそんなに得意ではないけれどそれでも学校には行っていた。
そして、いつの間にか大好きだった筈のゲームから離れていって、大人っていう落ち着いた存在に変わっていたのかもしれない。

RPGが大好きだった自分。
逆境に耐えながら仲間と旅をして戦い抜く。
そんな主人公達がとてもかっこよくて、まるで英雄のようで。
最後には幸せなエンディングが待ってる、そんな世界に憧れた。

そして時々こう思った。

“そんな世界に行けたらいいのにな”って。

他愛の無い戯言。
現実から逃避したいだけの独り言。

分かってはいる。
分かっているけど。

変わりたい、変えたいと思うばかりで変わらない明日。
アクションを起こしたいと思いながら、やりもしない自分に呆れているって事も含めて。
そんな考えの毎日が耐え難いだけなのかもしれないって事も。

だから願ってしまうんだ。
非現実的に、楽観的に。

“ゲームの世界に行けたらいいのに”と。

まどろみが押し寄せる虚ろな世界でスマホを動かす指は何を指し示し、何を押したのか。はっきりと分からず、ただそれを最後に瞼が景色を遮っていった―――。


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