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「滑り込みで3人、入部します」
寒咲幹のその言葉に一番気持ちが高ぶったのは私を含む3年生だった。
「まあまあ多い、か?」
「何人落ちるんだろうな」
巻島と田所が意地悪そうに笑っている。
さすがに苛めでやめさせるわけではないと思うが、しごきで脱落する子は出てくるんじゃないかと部に入って日が浅い私でも想像できた。
3人。まだ3人も希望者がいたのか。1人は心当たりがある。関西で有名なあの赤髪の鳴子章吉。もう1人いるとすれば…と期待して、なんとも言えない緊張感に襲われる。
ちらり、と金城の顔色を窺うと涼しい表情をしていた。金城はもう誰が入部するかを寒咲から聞いて知っているのだろう。昼休みに教室で食事をとらなかった自分が恨めしい、きっと寒咲が金城に報告する場に居れただろうに。
「深谷、救急箱と補給の用意をしてくれ」
「はーい」
私の視線に気づいているのかいないのか、金城は私をあしらうように指示を出した。
救急箱はすぐに用意ができるが補給は別だ。一年はそれぞれにスポーツドリンクを用意してきているようだし、3年は今日はあまり走らない。問題は2年と、新入部員の1年なのだが…。
わからないものは仕方がない、と半ばあきらめて仕事を始めた。
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私が準備を終え部室に戻ると、部室前では青いジャージの今泉俊輔と赤いジャージの鳴子章吉が3本ローラーの上でロードレーサーをまわしていた。さすが2人とも、体のバランスやアップ時のペースがしっかりしている。無理なく無駄なく素晴らしい準備運動だ。
ほかの1年も、ローラー台には乗れないもののもともと運動部だっただけはあり初心者にしてはなかなか上達が早い。川田、桜井に混じりもう1人見かけない子がいたが彼も新入部員だろうか、初心者ではないようだ。
もう1人は、とキョロキョロしてると巻島と目が合った。
「どう?新しい子たち」
「鳴子はスプリンターにするにゃあもったいない体格っショ」
巻島の隣に並び、鳴子を見る。今泉と張り合いながらだんだんと回すペースを上げている彼は平地が得意なスプリンターだと、2年の手嶋から聞いていた。
小柄だからクライマーにだってなれるだろうが、彼はもうスプリンターとして脚が出来上がっているのだろう。完全に山で通用するように育てるには時間が足りない。
「確かにもったいない、かも」
「ま、レベル高いのが入ってきて金城辺りはご機嫌だろうナ」
巻島はちっとも機嫌がよさそうではないが、と思った。
「そういえば田所が気にしてたあの子は?」
「ああ、あのメガネ」
あれ、と示された方を見ると他の子たちと距離を開けたところでママチャリを漕いでいる小野田坂道がいた。ママチャリの下にはローラー台がある。
「え、ウソ」
「マジ。あいつママチャリでローラー回してんの」
彼より先に入部した2人でさえ乗れないのに、いともたやすく…とまではいかないが転ばずに乗れていた。
「ホントにあの子入部したんだ」
「お前も知ってたっショ?」
「今泉君とレースしてたの見たことあったし、話したことあったけど…まさか入部するとは…」
それもママチャリで。
ロードレーサーを用いる競技の部活にママチャリで入部するとはさすがに思わなかった。何も、今日入部しなくてもよかっただろう。もう少し準備してからでも、と思ってしまうほどに信じられなかった。
「お前は誰が優勝すると思う?このレース」
レース、とは新入部員歓迎と称し開催されるこの部伝統のウェルカムレースのことだろう。入部したての部員同士をいきなり勝負させるというなかなか酷な伝統だ。
「優勝は今泉君でしょ」
「だよな」
トップ争いは今泉と鳴子の2人だけになってしまうだろう。その争いを制すのは地の利がある今泉の方だと私は思った。
その後ろに続くのは、今回入った経験者だろう。川田、桜井はそもそも長時間耐える運動に慣れていないとこれまでの練習で感じていたから、有利なのは経験者の方だろう。ペダルを回す足も2人ほど硬くはなかった。
「でも今泉君と鳴子君を抜ける子がいるとしたらママチャリ君だろうね」
「ハァ?」
信じられない、とため息を吐かれる。お前までアイツが気になるのか、と。
「知らない仲じゃないんだよ、小野田君と。だから応援したいし、きっと彼は速いよ」
「あいつママチャリっショ?しかも小柄じゃますます不利だ」
「ロードに乗れば軽くなるよ、山が有利になる」
実際、山をママチャリで登る小野田の姿をみて私は彼に賭けたい、賭けても良いと思ってしまったのだから。
山はそんな甘くねェヨ、と巻島はにやりと笑い私にデコピンを食らわせた。
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