俺は自分がこんなに心が狭い男だとは知らなかった。

いや別に広いと思ってた訳じゃねぇが。









ズドォォォン―――!!

俺の手から放たれた自動販売機が男の前に落ちた。
男は放心してしまっている。

――ああムシャクシャする…

俺はドンッと近くにあった壁を殴った。
あ、やべ、ヒビ入った。


「ほれ、静雄。次いくべ」

「うす…」

「どうした?んなイラついて」

「や…大丈夫です」


全然、全く、大丈夫じゃない。

今話しかけたのがトムさんじゃなかったら間違いなく殺してた。
それくらい、イライラしてる。

俺がなんでここまでイライラしているかっていうと、昨日まで遡る。








俺はいつも通り仕事を終えて、ファーストフード店で飯を食っていた。

いや、いつもなら彼女である名前が美味い飯を作ってくれるんだが、『今日は用事があるからご飯作りに行けないや、ごめんね!』とメールが入っていた。

何となく、寂しい気もしながら俺がチーズバーガーに手をのばした瞬間だった。


ふと、窓を見ると制服姿の名前が目に入った。

それだけなら良かった。
それだけなら良かったのに。

名前の隣には、同じ制服姿の金髪の男。


――は…?


しかも仲良さげに、服を見て回っている様だ。


――用事って、それかよ…


俺はふつふつと黒い感情が渦巻くのを感じた。

俺には俺の生活があるように、名前には名前の生活がある。
頭では分かっていたのに。


――ああ、やばい…イライラする


見ない様にしようと思っても、目が勝手に名前の方を見てしまうのだ。

さっきから仲良さげな金髪に、Tシャツを合わせたり、タンクトップを合わせたり、終いにはパジャマなんかまで合わせだして。


――ダメだ…ポジティブに考えろよ静雄。あれが同じ学校の奴で臨也じゃないだけマシ…

ふと名前の横に臨也が居る構図が頭に浮かんだ。
持っていたオレンジジュースのカップがぐしゃりと潰れた。

ダメだ、逆効果だった。


頭をぶんぶんと振って気を紛らわし、もう此処から出ようとした時だった。


――…え


俺は目を疑った。

名前が金髪の首に腕を廻して、抱きついていたのだ。


そこからはよく覚えていない。

ふらふらと家に帰って、ベッドに入った事だけは覚えている。

そして、今の状況にあたる。







「よし、これで終わりだ。静雄、飯食いに行くか?あ、それとも先客が居るか?」


名前との事を知っているトムさんは、何の悪意もなくそう言った。

今の俺にとっては少々キツい言葉だが。


「何かあっ……――よし!静雄!飯行くべ!うん、飯行こう!」


俺の後ろを見るなりいきなり張り切りだしたトムさん。

何かあるのかと後ろを振り向いた。


「ばっ………静雄…!」


――…!!


後ろを振り向くと、昨日の二人組。
そう、名前と金髪が一緒に歩いていたのだ。

そして、俺の中で何かが切れた。



スタスタと、名前の傍に寄っていく。
人混みを逆流しているが、問題無かった。

皆避けていく。
少し自分の力を便利だと思った。


ガシッ――――!!

「―――!?誰、…って静雄?」


極力優しく、名前の腕を掴んだ。


「どしたの?お仕事は?」

「…終わった」


もっと、言いたい事があるのに、どうにも喉で詰まる。

こんな醜い感情を知ったら名前は俺を軽蔑するだろうか。


「名前、俺、退散した方がグッジョブな感じじゃね…?」

「え、でも正臣まだお礼が…」


"名前" "正臣"
しかしその想いも、金髪と名前の名前の呼び合いを聞いた瞬間、消え去った。


「おい…金髪」


自分が思うより低い声が出た。

あぁ、やばい。
これはもう止まらない。


「は、はい」

「名前なんて軽々しく呼んでんじゃねぇよ…」

「ちょ、静雄!何怒ってんの!って、ひゃぁ!」


俺は金髪に見せ付けるように名前を横抱きにした。


「コイツは、俺んだ」


俺は金髪をギロリと睨んで名前を横抱きにしたまま家に連れて帰った。








ボフン―――!!

「っ、!」


怒りのままに名前をベッドに放り投げた。

ギシリ、と音を立てながら名前の上に覆いかぶさる。


「ねぇ、どうしたのってば、静雄!」


こんなに乱暴にされながらも、未だに俺を心配している名前の目。

愛しくて愛しくて仕様が無い。


「お前は…お前だけはっ…」


失いたく、ないんだ


「静雄?ね、本当にどうしっ―――ー!」


噛み付くように、名前の唇を貪る。
スルリ、とカッターシャツの中に手を忍ばせる。

その手に気付いた名前は俺の体を押し返そうと抵抗する。
しかしそんな物は俺にとっては抵抗なんて物ではなくて。

パチン、とブラのホックを外し、やわやわと乳房を揉む。


ドンドン、と胸を叩かれ唇を離した瞬間、俺の目に飛び込んだのは、名前の涙。


「ど、して…?」


ぼろぼろ零れる名前の涙。

――あぁなんでだ。コイツはさっきまでアイツと居る時は笑ってたのに


「どうして…、こんな事っ…」

「お前がっ……」

「え?」


爆発、した。


「お前がっ!俺より優先させて、会ったガキとっ…仲良さげに服なんか見てっ!」

「え、ちょ…静雄?」

「終いには、そんなガキの首に腕回して自分から抱き付いてみたり!」

「抱き…?え?」

「今日だって…、お前からの連絡待ってたのにお前はまたそのガキと一緒にふらふらふらふら街歩いてるし」

「………………」

「お前が…、名前が離れて行ったら…俺、」


どうして名前はどんどん優しい顔になっていくのだろう。
こんな醜い感情をぶちまけた俺に、どうしてこんな、優しい顔ができるんだ。

俺の声が情けなくフェードアウトして、俺が名前の胸に顔を埋めた後、名前が口を開いた。


「馬鹿」

「…あ?」


確かに馬鹿だとは思うが、今言わなくてもいいだろうがよ…


「つまり静雄、あなたは私が浮気をしてると」

「……………」

「沈黙は肯定だよね」

「……………」

「やっぱり馬鹿だね」

「…んだと」


顔をあげると、ぺち、と小さく頬を叩かれた。


「よく聞いて、静雄」

「私がこの地球上で愛を注ぐ人はね」

「平和島静雄」

「あなた、一人しか居ないんだよ」


まるで子供に言い聞かすように、優しく名前は喋った。


「でも…抱き付いてたじゃねぇか…」

「それが謎なの。いつ?それ」

「なんか…パジャマ合わせてた後…」

「パジャマ………ああ!」


成る程、と言った声を上げた名前はくすくすと笑い出した。


「それはね、抱き付いてたんじゃないよ」


そう言って名前は鞄から小さい箱を取り出した。

そして、それを開けた。


「シルバーネックレス…?」

「そ、」


そういって、名前は俺にそれを着けた。

首に、腕を廻して。


――っ!!!!!


「分かった?勘違いお馬鹿さん」

「っ…」

「正臣にはね、これを選ぶの手伝ってもらってたの。ほら、男だし、静雄と同じ金髪だし。ほら、今日付き合って半年の記念日でしょ?」

「俺…、悪い、こんな乱暴な…」

「んーん、いいよ」

「呆れないのか…?」


勝手に勘違いして、勝手に嫉妬して、勝手に乱暴な事して…


「そうだねー、静雄じゃなかったらブチ切れてた」

「…………」

「でもね、静雄。静雄の行動は全部愛しく見えちゃうから」

「っ、」

「でもこれに懲りてもう勝手に勘違いしない事!」

「はい…」


こんな醜い感情を愛しいと言う


この日から一ヶ月、
静雄君は禁欲をさせられたらしい。



20100721.林田


っつっは!笑
勘違い静雄君可愛すぎる。笑


title:呼吸様より