何時からだろうか。目を閉じる事が億劫になったのは。










「ありがとうございましたー」


気の抜けた店員の声を聞きながら私はいつも通うコンビニから出た。そして視界に入った金色。


「「あ、」」


視界に入ったと共に目が合い、二人共同じタイミングで声を漏らした。


「また手前か」

「2日ぶり、ですかね」


煙草を吸っている彼はそうだな、と言いながら白煙を吐き出した。


「今日も夜遊びか?」

「…ははっ、まぁそんなとこ」

「…そーか」


お互い、名前も何も知らない。知っているとすれば、池袋在住という事くらいか。

午前3時、このコンビニで、私と金髪で細身の彼は時折こうして顔を突き合わす。

彼は仕事が遅く終わった日はここで突っ立ってココアを飲みながら煙草を吸うらしい(ココアと煙草とは如何な物かと思う)。まぁ何の仕事、とかは知らないのだが。


「お兄さんは、今日仕事遅く終わったんだ?」

「…あぁ、まぁそんなとこ、だ」

「なにそれ、テキトー」

「手前に言われたかねぇよ…」

「はは、確かに?」


私は笑いながら地面にしゃがみ込み、コンビニ袋の中から買った物の一つ、ブラックコーヒーを取り出した。


「手前、ブラック飲めるのか」

「あ、今子供扱いしたでしょ」

「…さぁな」

「うわ、ごまかした」


私がコーヒー缶のプルタブを開けながらつっこむと、彼はるせぇ、と吐き出して、傍に置いてあった灰皿にぐりぐりと煙草を押し付けた。そして、何故か徐に私の隣にしゃがみ込んだ。


「手前よぉ、」

「?」


ごくり、とコーヒーを喉に流し込む。程良い苦味が、咥内に広がった。


「夜、寝れねぇのか…?」

「っ、」


一瞬、体がびくんと反応した。何故かと言えば、金髪の彼が言った事が、紛れも無い、事実だったからだ。しかし1番は、彼の声があまりにも優しかったからだろう。そんな優しさに、私は慣れていない。


「……………さあ?」


彼が心配してくれている、という事を分かりながらも、はぐらかす。最低、そんな事は分かっている。私がはぐらかした瞬間、彼の纏っている空気が変わった。何事かと思い横目で彼を確認しようとした時だった。


「わっ、!?」


ぐらりと視界が揺れたと思いきや、私はいつの間にかお兄さんを至近距離で見上げていた。手に持っていたコーヒーは、地面の染みとなっていた。ああ、138円が地面に消えた。

そして脇の辺りと、膝の裏に、お兄さんの大きな手。あれ、つかこれ俗に言うお姫様だっこじゃないか。


「あの、お兄さん、私展開についていけないのですが」

「寒い」

「は」

「微妙に寒いから俺の家行くぞ」

「は?!」


彼から私への一方通行な台詞を吐いた彼は、すたすたと歩き出した。途中、誘拐ですかお兄さん!と叫ぶと、馬鹿野郎、保護だ。と跳ね返された。何を言っても無駄なのだろうと悟り、私はお兄さんの肩に頭を預けた。

自然な人肌の温もりに、少し、涙腺が緩みそうになった。











お兄さんの家に着いたら、私はソファーの上に降ろされ、寛げ。と命令された。許可ではなく、命令だった。そしてお兄さんはキッチンと思われる場所に消えて行った。

しかしよく考えれば名前も知らない男の人の家に上がった時点でどうかと思うのに、そこで寛ぐ等という芸当が出来る訳が無く、キッチンから帰ってきたお兄さんに寛いでねぇじゃねぇか、とぼやかれた。


「ほれ」

「あ……どうも」


お兄さんに差し出され、反射的に受け取ったマグカップには、コーヒーが入っていた。


「さっき、零しちまったから」


そう言って、お兄さんは私が座っているソファーには座らず、床に胡座をかいて座った。


「いきなり連れて来て、悪かったな……」


座ったかと思うと、お兄さんはぽりぽりと頭を掻きながら私に謝罪の言葉を告げた。それからぽつりぽつりと話始めた。


「なんつーかよぉ…、ほっとけねぇんだ、手前は」


カチ、カチ、と一定のリズムを奏でる時計と私とお兄さんだけの空間に、お兄さんの声が響く。


「俺はあのコンビニに、2年前くらいから通ってた。何でかっつーと、仕事場からの帰り道だし、人もあんまり溜まってねぇからだ」



確かに、あのコンビニは珍しくあまり人が溜まらない。溜まるとすれば、私と目の前に居るお兄さんくらいか。


「だけどよ、1年前くらいから、通う理由が変わった」


一年前くらい、その言葉を聞いてどきりとした。それは私が眠れなくなって、コンビニに通い出した時と同じだからだ。


「いつも、午前0時を過ぎた後にコンビニの前にしゃがみ込んでる女が居るんだよ。誰かと待ち合わせてるわけでも無さそうで、でも、ずっとそこに一人で居んだ」


お兄さんの目が、私の目を捕える。視線を逸らそうと試みたが、無理だった。文字通り、捕えられてしまった様に視線が外せない。


「最初はただの家出したガキかと思った。寝ろよガキって思った。だけどよ、違ぇんじゃねぇかと思ったんだ。俺がいつもみてぇに煙草吸ってたら、そいつが来て、そいつもいつも通りに離れた所にしゃがんだんだ。でよ、そいつ、空を見てたんだ、ずっと。泣きそうな顔で」


いつの話だろうか、あまり覚えていない。そう考えて、はっ、と思い出した事があった。私はあのコンビニに通った中で、一日だけお酒を飲んだ日がある。その日初めてお酒を飲んだ私は、自分がお酒に弱い体質という事を知らず、調子に乗ってお酒を煽り、記憶を飛ばした事があったのだ。もしかしたら、その日の事なのだろうか。


「でよ、そいつ、本当に、本当に小せぇ声で呟いたんだ。「お願い、独りにしないで」って」


その言葉を聞いた瞬間、ふいに涙腺が緩みかけたが、ぐ、と力を入れて踏ん張った。しかし、それは無駄な行為だった。ふと、お兄さんの手が伸びて来て、私の頬に優しく触れた。


「そんで思ったんだ」


お兄さんが触れる手があまりに優しくて、涙腺が泣け、泣けと叫ぶ。


「こいつは、きっと、独りが怖くて、寝れねぇんじゃねぇかって」


ぼろり、目から生暖かい物が零れた。一度零れると、触発されたかの様に、他の涙達も次々と零れ出す。どうして、そう叫びたかった。どうして、お兄さんは分かってしまうのだろう。私が、誰にも話せずにいた事を。


「そう思った日から、あのコンビニに通う理由は、手前になったんだ」


ぐい、とお兄さんの暖かい指が、涙を掬う。掬っても、掬っても、零れる涙。こんな物が、私のどこにあったのだろうか。


「ど、して……っ」

「ん…?」

「ど、してそんな、…優しく、するの、…っ?」


今まで一人で耐えて来れたのに、どうするの。優しさを知ったら、寂しさが更に辛くなるというのに。独りがもっと怖くなる。

私がそう途切れ途切れに呟くと、私は一瞬にして、お兄さんの腕の中に居た。


「俺が、独りにしねぇ」


お兄さんじゃなかったら、ふざけるな。と言っていただろう。でもお兄さんの声は、真剣そのもので。


「ほ、んとうに……?」


気付けば私はお兄さんに縋っていて。


「ああ」

「じゃ、独りにしないでっ、…」


半ば叫び声の様に、嘆願すると、お兄さんは私の額に一つキスを落として、私の耳元で強く、そして優しく囁いた。



「独りになんか、してやらねぇ」








その後、私は一年ぶりに、朝日を見ずに、眠った。


20101021.林田
title by:呼吸



どうやら愛に名前は関係ないらしいですね。この人達名前知るの次の日の朝ですからねハイ。

またこんなわけのわからん話書いてるよ林田。

当初は、ヒロインさんが独りを怖がる理由も書いてたんですがね、無い方が感情移入しやすいかと思ったので。

つか長いなこの話。