「ほんと、嫌いだわ赤林」

「褒め言葉かい?」

「そういうとこが嫌いなの」


一拍も間を空けず、会話をした。二人共口は動いているが手元では書類を整理している。それがつまり何を指すかというと、この行為は私とこの男、赤林の日常茶飯事だという事だ。


「おいちゃん、何か悪い事したかい?」

「存在自体が悪に決まってるじゃない」

「言うねぇ、名前ちゃん」

「いやぁ、それ程でも」

「おいちゃんも、名前ちゃんのそういう所が嫌いだよ」

「最高の褒め言葉ね」


ざかざかと、ボールペンが紙面を滑る音が耳につく。つまらない。この仕事、つまり書類整理は、この上無くつまらない仕事なのだ。世間一般の皆様方は、極道をただのメンチ切ってる馬鹿だとお思いだろう。あながち、あながち間違ってはいないが、私達は粟楠は違う。こうして、ちゃんと書類という物を扱っている。


「なんで名前ちゃんは、そんなにおいちゃんの事を嫌うのかねぇ」

「まず第一に、そのおいちゃん、っていう一人称が嫌い」


彼、赤林が子供以外においちゃんという一人称を使う時は、大抵相手を相手にしていないか、ガキ扱いしてるかの二択だ。そして恐らく今は後者だろう。


「ガキ扱いされてるみたいで、気に食わない」


されてるみたい、というか、しているのだろうけれども。


「おいちゃんは別にガキ扱いなんかしてないけどねぇ」

「四木には、おいちゃんなんて言わないじゃない」

「野郎においちゃんなんて言ったら睨まれるだろ?」

「……否めない」


ていうか、睨まれたしねぇ。と赤林はからからと笑った。うん、四木は何も言わずに、あの鋭い眼光で睨むだろう。恐い。


「でも、そういう名前ちゃんだって、この前四木に頭撫でられて「よく出来ました」って言われてただろうに。あれはガキ扱いじゃないのかい?」

「…(何故知っている)確かにガキ扱いだけど、別に嫌じゃなかったし」


私はそう吐き捨ててから、ふと考えた。何故、四木さんは良くて、赤林は嫌なのだろう。


「何でおいちゃんは嫌なんだい?」


どうやら赤林も同じ事を考えたらしく、何故か楽しそうな声で私に問い掛けた。


「なんか、赤林にガキ扱いされると、嫌なのよね」

「イライラするってことかい?」

「イライラ…ちょっと違うな…、嫌、なのよね。取り敢えず」


私がそう答えると、赤林は更に楽しそうな声で言葉を紡いだ。


「…名前ちゃん、それはもしかして、おいちゃんにガキ扱いされたら「悲しく」て嫌なんじゃないのかい?」

「……は?何言っ、て……」


そういえば、赤林にガキ扱いされた時や、相手にされなかった時は、胸の辺りがずきん、と痛む。これは、悲しいという事か?

ていうか、こんな事で悩むなんて、まるで――――


「まるで、名前ちゃんはおいちゃんが好きみたいだねぇ」

「っ、はぁ!?」


頭で紡ごうと思っていた言葉を先に赤林に言われ、思わず動揺して声が裏返ってしまった。これではそれが事実だと言っている様な物ではないか。

いや、断じて違う―――…、とは言いきれないが、ああ何で言いきれないんだ自分!

一人悶々としていると、ふいに何かが私に近付いた。何か、と言ってもこの場合、彼しかないのだが。


「ちょ、何赤林、近い」

「そりゃあねぇ…、おいちゃんが近付いてるから当たり前だ」

「だから要約して近付くなって事なんですけど!?」

「あーあー…、うるさいねぇ」

「――ぬ、わ?!」


ぐい、と腕を引っ張られダイブ。何処にか、そんな質問には答えたくないしかし敢えて答えよう。


「な、ななななな」


赤林の胸だ。


「ああ赤林?!離しなさいよ!」

「まあ取り敢えず落ち着きなさいって」


落ち着けるかボケェ!と心中で叫びながら、背中やら腰に廻された赤林の腕の強さに、ドキドキしてしまう。何故ドキドキするのか。流石にそれが分からない程、子供ではない。どんどんと、赤林への抵抗がフェードアウトしていく。


「名前ちゃんの心臓の音、近付かなくても丸聞こえだねぇ」

「………るさい」


否定しないのか、と聞かれむっ、となった。否定出来ないのを知っていたから、こんな事をしたくせに。


「赤林だって…、速いじゃない」


悔し紛れにそう呟くと、赤林はそりゃそうさね、と言って私を更に強く抱きしめた。


「俺も、名前が好きだからなぁ」

「―――っ、!」


狡い、本当に狡い男だ。こんな時だけ、いや、こんな時に限って、一人称を俺に戻すなんて。それにほら、彼は「俺も」と言った。「俺は」じゃないその言葉を選んだという事は、私の気持ちなんかとっくに気付いているという事を、さらりと私に伝えているのだ。なんて、狡い男。


「…私、まだ赤林が好きだなんて言ってないけど?」


最後の抵抗と言わんばかりに、可愛げの無い私は赤林にそんな言葉を投げ付けた。

しかし赤林はそんな展開を望んでいたかの様に一瞬、厭らしく笑うと、私の耳元に唇を寄せた。


「――………名前は俺の事、嫌いなのかい?」

「っ、」


ほらね?やっぱり、狡い。



「……好きよ、ばか」







彼の辞書に、負けという文字は無いらしい。



20101022.林田
title by.呼吸



あと、貞操とかも無いと思うよ?

初赤林さん。
難しかった。でも楽しかった。

赤林さん裏を今後予定中。