!流血、自傷





カラン、カラン、

左手に持っていた臨也愛用のバタフライナイフが床に落ち、無機質な音を立てた。叩かれた左手がじんじんと痛む。右手首からは鉄臭い液体が滴っていて。私は今、どんな顔をしているのだろう。


「何、やってるの」


自身の表情は分かり兼ねるが、目の前に居る臨也の表情は分かる。しかしその表情は、私の見た事の無い表情で、彼が今どういった心情なのかという事までは分からない。


「何やってるんだろうね」


さらりと出た返答の声は、自分で思っていたよりも温度が無くて、まるで機械の様だった。まぁそれも、私には、お似合いか。


「…は、ふざけないでよ。早くその右手貸して、止血するから」


臨也の手が私の右手に伸びる。反射的に、私は臨也の手を左手で掴んでいた。その行動が予想外だったのか、臨也は珍しく驚いた顔をしていた。その顔は、直ぐに至極機嫌の悪い時の表情になったのだが。


「いらない」


臨也の右手を掴んだまま、私は吐き捨てる様に呟いた。ぽたり、ぽたりと血が床に落ちていく。傷口が、そこに心臓があるのではないかという程に、脈打っている。


「止血しなかったら、死ぬよ」

「いいんだよ」

「…馬鹿言わないでくれる?何勝手に死のうとしてんの?本当、わけわかんない」


私の言葉を聞いた臨也は、空いていた左手で私の右手の傷口を、がしっ、と掴んだ。あれ、でもどうしてだろう。臨也の手の感触が、わからない。ああそうか、血を流し過ぎたから感覚が麻痺したんだ。

そんな事を冷静に考えながら、私は臨也と会話を続ける。


「私も、臨也が、わかんなかったよ」


そう呟くと、目の前がぐにゃりと歪んだ。涙とか、そういう人間らしい類の物ではない。元々貧血ぎみの私は、少量の出血だけで目眩がおきるのだ。これだけの血を流していれば、何が起きてもおかしくない。


「私の事、彼女だって言っておきながら、他の娘抱いたりとか」


我慢出来たの。臨也が女物の香水の臭いを振り撒いていても、臨也と他の女が歩いてる写真が私宛てに送られて来ても。


「そのくせ、ハグとか、キスが、優しいとこ、とか」


我慢出来ていたの。そのハグが、そのキスが、私を好きだと言ってくれているみたいで。でも私は臨也の口から、「好き」だとか「愛してる」という類の言葉を聞いた事が無かった。臨也は、言わない人なんだと思っていた。でも、違った。

ああ、そろそろ視界が白んできた。息もなんだか苦しい。


「私…、には、言わない言葉を、他の娘には、言った、りと、か」


ある日私に送られてきたUSBメモリ。何かと思い、パソコンに繋ぐと、一つの音声ファイルだけが入っていた。恐る恐る聞いてみた。そして、聞かなければ良かったと思った。

それは、間違いなく臨也と他の娘の会話で。臨也はすらすらと、その娘に向かって「愛してる」と言っていた。

頭が真っ白になった。私は機械を通しても、臨也、貴方の声が分かるくらいに、愛してるのに。貴方はどうして私に言わない言葉を他の娘に言ってしまうの?


「私…は、私、は……」


誰かを抱くよりも、私は、それが一番辛かった。


「愛…、してた、の…よ…?」


私が最早声とは呼べない、二酸化炭素を搾り出すと、臨也は目を見開いた。いつも赤い目が、いつもに増して赤い。どうしてかは、分からないけど。

白んだ世界が、更に霞んで行く。ああ、もう臨也の顔も朧げにしか見えない。


「っ、俺だって…俺だってっ…」

「…も、……い」

「…名前?」

「……も、おそ…い、よ」


もうゲームオーバーだよ。臨也。

頬に生暖かい雫が落ちたのを感じたが最後、私は意識を手放した。






20101026.林田
title by.呼吸


出たよ病み話。
林田の好物病み話(え

臨也君はね、愛してたんだよ。
愛してたんです。

でも人間愛との区別に悩んでたんですね。はい。

そんな感じですね。はい。