!It's GAMEOVERの続き


薬品の匂いが充満する部屋で、彼女は眠っている。真っ白のシーツの上に横たわる肌の白い彼女はとても、儚くて。いつか、シーツに溶けて、消えてしまうんじゃないか、なんて馬鹿げた事すら、頭に浮かんだ。


「名前は、いつ…、俺をもう一度見てくれる…?」


俺が呟いた言葉が、彼女に聞こえてるわけが無いのに、俺は毎日、名前に話し掛ける。いや、自分に話し掛けているだけなのかもしれないが。


「―――…臨也」


聞き慣れた、しかし出来れば聞きたくなかった声が病室に響いた。


「…何、悪いけどここ病院だから暴れないでよ」

「…んな事解ってる。これ、名前に……見舞いだ」


ガサリ、と花を手渡された。しずちゃんと花なんて、なんてアンバランスなんだろう。と心の中で呟きながら一応、受け取る。


「寝てる…みてぇだな」

「……………目覚めは、良くないみたいだけどね…」


ぎゅ、と名前の手を握った。もちろん、握り返してなんかはくれないが。俺のその行動を見たからかは知らないが、しずちゃんはがしがしと頭を掻いて、口を開いた。


「…手前みてぇな奴が、名前の男っつーのは…なんつーか、いらつくけどよ……手前、名前の事、好きなんだよな」

「…好きだよ、なんでそんな事をしずちゃんに聞かれなきゃいけな―――」

「じゃあ、なんで他の女抱いたりしてたんだよ」

「――――、…は」


俺の言葉に割って入って来たしずちゃんの言葉に、俺は疑問の声を漏らした。


「名前は悩んでたんだよ、ずっと、手前の女癖の悪さに」

「…………………」

「あ゙ぁ、イライラしてきた…!手前が女物の香水の匂い振り撒いてたとか、街中を他の女と歩いてた写真が名前宛てに送られてきたとか!」

「…………………」


イライラしてきたのはこっちだ。確かに仕事相手の香水の匂いが移って、それを振り撒いた事があったと思うが、その他の有りもしない罪をなすりつけられた上に、なんで、俺が知らない名前の悩みを、しずちゃんなんかが知ってるの。写真?そんなの知らない。ねぇ、どうして。しかしそんな思考も、次のしずちゃんの言葉で打ち消された。


「自分には言わないのに、他の女には「愛してる」って言ったとかよぉ?!」

「――――…っ、」


心臓が、どくりと跳ねた。

それは、ある。でも違う、違う事は無いが、違う。その「愛してる」は、違う。


「俺は何っ回もお前をめらっと殺しに行こうと思ったんだぜ…?でも名前が止めるから、やめた」


俺は唇をぎり、と噛んだ。名前はそんなにも、悩んでいた。その上、俺を愛してくれていたのに、俺は名前の悩みに気付いてやれる事すら出来なかった。頭に浮かんだのは、名前の笑顔。そして、恐らく名前に向けて写真を送り付けたやつの、顔を浮かべた。奥歯から、ぎしりと音がした。


「………………、れ」

「あぁ゙?」

「その「愛してる」は、名前は、どうやって聞いたの」

「あ、あぁ…なんかゆーえすえーみたいなパソコンのやつが送られてきたんだとよ…」


USB、という事は俺が発した言葉、つまり「愛してる」という言葉を直に録音した音楽ファイルをUSB端末の中に入れたのだろう。これで犯人は確定だ。そんな事ができるのは、この前会った仕事のクライアントしか居ない。


「しずちゃん」

「…んだよ」

「金輪際、俺の話を信じろなんて言わないからさ…ま、言ったとしても信じないだろうからいいとして」

「ああああなげぇんだよ!手前の話は!なんだ!」

「わかった…、簡潔に言うよ。俺は――――――…」


あのクライアントがこんなに馬鹿な女だとは、いや馬鹿なのは俺か。俺が『人間』の枠を超えて愛する人間は、今も、昔も、名前しか居ないのに。何を迷ってたんだろう。ねぇ、名前。目を開けてよ。君に伝えたい事があるんだ。










暗闇の中だった。

瞼は動くのに、手足はまったく動かない。横を見ても、後ろを見ても、上を見ても、真っ黒で。私もその黒に同化してしまうんじゃないか、なんて言葉が頭に浮かんだ。でもその黒は、何故か、優しくて。全てが、楽になるような、そんな、優しさ。もう目を閉じてしまおうか。そうしたら、楽になれるんじゃないか。

私が、目を閉じかけた時だった。

私の目の前に、何かが現れた。それは、酷く悲しい色をしていた。見覚えのあるような、それ。いや、見覚えはある。だけど何故だろう。思い出せない。


「あなたは、だれ?」


私がそれに問い掛けると、それは更に悲しい顔をした。そして、ゆっくりと首を振った。


「君が一番、大事なのは、何?」

「え…………」


まさかのQ&Q。質問に、質問で返された。そして質問の意図が全く分からない。そんな私の考え等それが理解している訳が無く、それは話を続けた。


「俺は、名前が一番大事だよ」


それは、私から目を逸らさず、そう言った。何故私の名前を知っているのか、なぞという疑問は、不思議と産まれなかった。私の中のどこかから、声がする。


「名前の一番大事なものは何?」


私の、一番、大事なもの。私の中のどこかから――…私の中の胸の辺りが、騒ぎ出す。私の一番大事なもの。私は、私はそれを知っている。


「私の、一番…大事な、もの」


先程まで動かなかった、手が動いた。私の手が、目の前に居る、それに触れた。


「いざや、」


それ、―――…臨也は、ふわりと笑うと、私の手を握った。真っ黒だった世界に、光が降ってきた。視界が、開ける。






「臨也…」

「…名前?」


目を開けると、白い天井が目に入った。強く握られた左手。そして私の鼓膜を揺らした、愛しい声。


「いざ、や」

「名前、」


お互いの名前を呼ぶ。それだけの行為が、何故こんなにも愛しいのだろうか。それは私が存在して、臨也も存在しているから成し得る事。ああそうか、私は、馬鹿な決断をしてしまっていたのか。


「名前」


今まで驚いた顔で私を見ていた臨也が、強い目で、声で、私を呼んだ。そしてするり、と臨也の手が離れた。


「聞いて欲しいことがある。今から俺が言う事は、情報屋のオリハラじゃなくて、俺――折原臨也の言葉だって事、先に言っておく」

「…うん」


別れ話か何かだろうか。そうだとしても頷ける。目の前で未遂とは言え自害行為をする女なんて、私だったら願い下げだ。私は臨也の言葉を、身を硬くして待った。でも臨也から発せられた言葉は、私の予想を綺麗に覆した。




「愛してるよ」







「………え」

「君が人間だからとかじゃない。君が名前だから、名前が君だからだ」


今まで、聞きたくて聞きたくて仕方がなった言葉は、ドラマや映画で何度も聞いているのに、どうしようもなく、私の胸を揺らした。


「最初は、情報屋の俺として、君が好きだった」


臨也が、ふいに私の手を取った。


「でも、いつの間にか君が生活の一部になってた――いや、君が俺の生活そのものになってた」


強く、臨也が手を握る。


「正直、戸惑った。俺は今まで、他の女にはそんな感情が生まれた事もなかったし、何より、俺にそんな感情が存在しているわけがないと思ってたから」


『他の女』その言葉に、胸がつきん、と痛んだ気がした。


「俺は君に、どういう意味で『愛してる』が伝わるか、怖かった」


でもその痛みも、次の瞬間、消えていた。


「俺が君に言う『愛してる』を、人間だから言ったんだと思われるのが、怖かったんだ」

「っ……………」


ぽたり、と臨也の目から落ちた雫が、私の手に零れた。それと共に、私の目からも、雫が零れ落ちた。


「ごめん…、本当に、ごめん」

「……っ……」

「ごめ―――…!」


私は重い体を持ち上げて、臨也を抱きしめた。小さく震える、臨也の体。


「名前、」

「も、何も、言わなくて、いっ…」


お互いにぼろぼろと溢れ出すそれが、お互いの肩を塗らした。肩が少し冷たいが、その冷たさすら、暖かい気がした。


「愛してるよ…っ」

「、うん」

「臨也が、好き…、私も、ごめんね…っ!」

「…、うん」


言葉にする度に、解かれていく心で絡まった不安や悲しみや嫉妬。馬鹿だね、私達。最初から、こうしてお互いに無様な姿になって、曝け出していたら良かったのに。


「名前、」


ぐい、と肩を持たれて、体を離された。何かと思い臨也の顔を見上げると、そこには、臨也の優しく、笑った顔。


「愛してる」







もう疑う物なんて何も無い。私達には、このしょっぱいキスがあれば、もう大丈夫。


―――……


「あれ、その花……」

「ああ…、しずちゃんだよ」

「え、静雄来てたの?」

「まぁ、ね。…今頃あのクライアントの所だろうけど」

「え?何か言った?」

「いーや?」

(せめて骨ぐらい残ってればいいけど、ね………)



20101204.林田
title by.anti euthanasia

request.シン様



無駄に長い!(汗)

こんなので
よかったんだろうか…(汗)

こういう暗甘い話
林田大好きです←

臨也君が泣くとか
萌える悶える血吐く(吐け

シン様に
気に入って頂けたら幸いです

では、
リクエスト感謝でした。