「…何を、してるんですか」 至極、冷静に、吐き捨てたつもりだった。しかしそれは思ったよりも怒気と呼べる物を含んでいた様で、私の目線の先に居る上司は一瞬、苦笑いを零した。 「何って、……ねぇ?」 「赤林さぁん、ね、早くぅ」 上司、赤林の上に跨がって居る女が猫撫で声を出す。馬鹿みたいに長い睫毛、真っ赤な唇、すらりと伸びた手足、人形の様だ。ホステスか何かだろうか。 「すみません、私の記憶が正しければここは仕事場だと思うのですが」 「ああ、そうなんだがねぇ…」 私が厭味を込めて言うと、赤林は更に苦笑いを濃くした。ああ、どうやら赤林が連れ込んだのではなくこの女が上がり込んでいるのだろう。 私ははぁ、と溜息を付き、取り敢えず手に持っている書類を置くために部屋に入った。女物の香水臭さに一瞬、吐き気がしたが、表情には出さずに机に向かった。 「赤林さんったらぁっ、早くベッド…行こう?」 「あのねぇ…、お嬢ちゃん。おいちゃんは今仕事中なんだけどねぇ…?」 「えぇ〜っ?どおしてぇ?あたしを抱けるんだよぉ?」 書類を机に落としそうになった。そんな自信満々に迫る女性を初めて目にした驚きからだ。確かに、確かに綺麗だが…。 「解る?おいちゃんはねぇ、今、仕事中なんだよ」 カツン、と赤林の持っていた杖から苛立ちが込められた音が響いた。どうやら、苛々している様だ。堅気の人間であろう彼女にもそれが伝わったのか、一瞬、青ざめた顔をしたが、彼女は些か空気の読めない人間らしい。 「じゃあ、ちゅーでいいよ!」 「…はぁ?」 思わず声が漏れてしまった。失礼しました、と謝罪を口にし、出口の扉に手を掛けた。 「…したら、大人しく帰るかい」 「うん」 赤林の判断は、失礼だがこういう聞き分けの無さそうなタイプには、最善の判断と言えるだろう。しかし、何なのだろう。胸の辺りがぐるぐるする。 私は何故か勢い良く扉を開け、部屋から飛び出していた。 ――――……… 「はー…………」 ―――休憩室。紫煙と溜息を同時に吐き出した。赤林はあの女とキスをしたのだろうか、とかそんな言葉がぐるぐると頭を廻っていた。どうしてそんな言葉が廻るのか。何となく、何となく解っているのだが、認めたくない。 「こんな所に居たのかい」 「っ!――…ゴホッ、ゴホッ」 いきなり後ろから声を掛けられ、煙が変な所に入り思いっ切り噎せてしまった。そして、その声が聞き慣れてしまった声であった事も、噎せた要因の一つなのだろうけれど。 「赤、林さん………」 「あのお嬢ちゃんなら帰った。知り合いが溺愛してるデリヘルの女でな。何が楽しいのか俺に付き纏って来るもんで、面倒臭ぇからちょいと凄んだら泣いて帰ったよ」 「…そうですか」 「あれ?反応薄いねぇ」 「…濃く反応する理由がありませんので」 ぐりぐりと煙草を灰皿に押し付けた。そして、極力赤林を見ない様に休憩室を出ようとすると、左手首を何かに掴まれた。何かと言っても、この場合赤林しか選択肢は無いのだが。 「何か」 「まぁまぁそんな怒りなさんな」 「怒ってなんかいません」 「俺が、あのお嬢ちゃんとキスしたのか、気になるんじゃないのかい?」 「っ、気に、なんかなりません」 「おーおー、可愛い反応してくれるねぇ…」 「はぁっ?、どこが?…ですか」 今私は赤林の口から聞いた事の無い形容詞を耳にした気がする。気のせいだろうと思いたい反面、何故か私の心臓は痛い程に跳ね上がっていて。 「部屋から走って逃げる所とか、素直じゃない所とか」 「、なっ――?!」 ぐい、といきなり手首を引かれ無理矢理赤林の方を向かされた。赤林の顔は、いつになく色気を含んだ笑みを全面に押し出していた。 「可愛いって言われて、真っ赤になってる所とか…?」 赤林が膝を折り目線を低くして、私の顔を覗き込んで来る。それだけで、顔に熱が嫌という程に集まる。 「な、ってません!」 「そんな真っ赤な顔して否定する所がまた、可愛いんだけどねぇ」 「っ〜〜…!なんなんですか…、ほんとに…」 恥ずかし過ぎる。顔から火が出るとはこういう事を言うのだろう。 「生憎、俺は気の強い女は好きだが、ああいう変に積極的な女は好きじゃなくてねぇ」 赤林の手が私の頬に伸びる。何事かと思い、体を引こうと思ったが、引けない。いつの間にか、本当にいつの間にか赤林の腕が私の腰に回っていたためだ。 「そういう訳で、あのお嬢ちゃんなんかと、キスなんざしねぇよ」 「…そ、ですか」 何でもない様に吐くつもりだった台詞は、感情を隠しきれず、口元が少し緩むのが解った。はっ、として口元を締めると、赤林から小さく笑い声が聞こえて来た。 「くっ―…つくづく可愛い女だな…名前は」 「〜〜も、ほんと…」 やめて下さい、と言おうとして、言えなかった。何故なら赤林の顔が、いきなり私の顔に急接近したからである。 「赤、林さん?」 「いい年こいた俺がキスなんざをしたいと思う女は、気が強くて、素直じゃなくて、そのくせたまに女を見せる、女―――…」 赤林の眼が、私の眼を捕らえた。熱を持った赤林の眼は、この世界の物ではないのではないかと思ってしまうくらい、魅惑的で。 「…それは誰だと思う?」 私をその気にさせる事など、容易も容易。そして私の唇は、彼によって侵されるのです。 その唇が弧を描く時 20101106.林田 Title by.anti euthanasia request thanks.誠様 リクエスト して頂いた誠様! 取り敢えず、謝ります!← いやー…駄文!(泣) ほんとすみません でも頑張ってみました! ツンデレの世界は 奥が深くて どうしようかと思いました。 (どうもしねぇよ) こんなものでよければ、 お持ち帰り下さい! リクエスト、感謝です! またの機会があれば よろしくお願い致します。 |