「好きです、赤林先輩」

「は」

「嘘よ」


カラン、カラン、と赤林愛用の杖が床に落ちて音を立てた。私の目に入ったのは、呆ける、という言葉が合う、寧ろその言葉しか合わない赤林の顔だった。


「…あ…たまは、大…丈夫か」

「生憎、貴方よりかは幾分マシだと自負してる」


私は床に寝そべったままになっている杖を拾い、赤林に差し出す。赤林は我に返ったかの様に、ハッ、として私の手から杖を受け取った。


「今から弁解するけれど、驚かせるつもりは無かったのよ?」

「…お前にそのつもりは無くても俺は驚いた」

「ちょっと『青春っぽい』とやらをやってみたかったのよ」


悪かったわ、と予想以上に驚かせてしまった赤林に一応謝罪を入れながら、赤林の向かいにあるソファーに腰を下ろした。


「この前見た青臭い映画にでも感化されたのかい?」

「あら、よく分かったわね」

「…で?感想は?」

「いい年くった女が、あの台詞を言うと虫酸が走るわね」

「ははっ、同感だ」


あの青春映画の無垢な恋人達に甘酸っぱさが似合う様に、私達みたいな狡さを知った恋人達には、穏やかな安定が似合う。

彼等の恋が激しく燃える炎だ、と比喩されるのであれば私達のそれは弱火で、しかし確かにそこに存在していて、心地好い暖かさをもたらしてくれる炎だ。


「若い頃でもあんな事を言おうと思った事すら無かったわ、私。ねぇ、赤林はあったのかしら?そんな時期」

「あんな台詞吐くぐれぇなら、保健室にでも連れて行って体に教え込みますよ、おいちゃんは」

「…言葉を使いなさいよ、仮にも人間なんだから」


何とも赤林らしいというか、獣臭いというか。赤林の返答にくすりと笑った私はソファーの背もたれに背を預けた。そして目を閉じてぽつり、と呟いた。



「…でもね、何となくうらやましかったっていうのかな」



静かな部屋で、私の声が何かに掻き消される訳が無く、全ての言葉が赤林の鼓膜を揺らしたことだろう。赤林はまた静かになった。どうせまた頭は大丈夫か、とかと聞きたいのでしょうけれど。


「あんな風に、素直に下心も無くキスをして、お互いを隔てる物なんか見えてすらいなくて」


ぽつり、ぽつり、
言葉が落下速度を上げる。


「綺麗な手でお互いを触り合えるのが、羨ましかったのよね」


まるで赤ん坊が、母親の顔をぺたぺたと触って遊ぶ様な、触っても相手を汚す事の無い、でもすぐに汚れてしまう、そんな、儚い純白が、羨ましかった。

全て零し切った言葉をどうしたものか、と考えていると、いきなり私の座るソファーのすぐ横からボフン、という音。何かと思い目を開けると、そこには赤林が居た。まぁこの部屋に二人しか居ないのだから、必然的にそこに居るのは赤林になるのだが。


「…まぁ、確かに俺達の手は汚れちまってるなぁ」


人を騙し、人を殴り、人を殺し、人を傷付け生きて来た。所謂外道の手だ。洗っても落ちやしない汚れがこびりついた、手だ。


「だが、」


ふわり、と赤林の手の平が私の手を包んだ。誰かと手を繋ぐなんていつ以来だろうか。


「俺の汚れちまった手と、名前の汚れちまった手で触りあうなら、問題無ぇだろ?」


ちゅ、と、軽いリップ音を立てて赤林が私の手の甲にキスをした。これまたどうしてか、その動作が酷く綺麗な行為に見えて。


「…気障ね」


赤くなってしまっているであろう頬を隠すため、わざとらしいとは思いながらも、そっぽを向いた。


「じゃあ、気障ついでに」


徐に顎を掬われ、赤林の方を向かされる。そこには綺麗さとは掛け離れた、色気を含んだ厭らしい赤林の顔。


「優しいキスでも、して差し上げますよ?お嬢さん」






不恰好な愛って、どうしてこうも愛しいのかしらね。



20101228.林田
(訂正20110312)
title by.anti euthanasia


所用時間、35分で
お話を書くとこうなります。

きっと書き直す日が
来るのさ…フッ

赤林さんが…
赤林さんが
書きたかったんだよう…!泣

最後の台詞を
言わせたかっただけだなんて
口が裂けても言えない。