「流石、蓮夜さんですね…。いや、『赤紙』と呼んだ方がよろしかったですか?」
「挑発、と受け取りましょうか?四木さん」
「まさか。敬愛を込めて、です」
「はっ…それはそれはどうもありがとうございます」
蓮夜は返り血が一滴付いた上着をバサリと脱ぎ捨てた。痩躯の男――…四木と呼ばれた男はその上着をちらりと見た後に、少しだけ目を見開いた。
「珍しい、貴女が返り血を浴びるとは…」
珍しい。そう四木が言った様に、蓮夜が拳銃を使った仕事で服に返り血を付ける事はまず無い。
「いつものように離れた場所から撃たなかったのですか?」
蓮夜は腕利きのスナイパーなのだ。拳銃を使える仕事――つまり拳銃を使える殺しでは、蓮夜は安易に目標に近付かない。離れた所から確実に脳天か心臓をぶち抜くのだ。それ故に、蓮夜がそういった仕事で返り血を浴びる事はまず無いのだ。
「返り血を浴びないのが『赤紙』の威厳、なのでは?」
四木が挑発の色を含んだ声色で蓮夜に話し掛ける。
蓮夜はぴくり、と一瞬眉を動かした後、無表情に戻ると面倒臭げに口を開いた。
「…今は『掃除屋赤紙』『事消し屋赤神』『運び屋赤髪』は分けて使っていないので。『アカガミ』――…ただの万屋です。それに、威厳などという物を私は振りかざした覚えが無いのですがね。…さて、次の仕事に急ぎますので報酬を頂きたいのですが」
「話を交わされるのがお上手になりましたね…」
くすくす、と四木は笑って黒いアタッシュケースを差し出した。蓮夜は表向きの張り付けた様な笑顔でそれを受け取った。
「いえいえ、ある人が余りに厭味らしき言葉を送って下さるので、それを交わしている経験の賜物ですー」
「おや、厭味までもを御習得なされるとは」
「お褒め頂き光栄です。では」
蓮夜はさっ、と四木に背を向けて粟楠会の取引場所から去ろうとした。
「蓮夜」
しかしそれは四木の今までとは打って変わった優しい声に、阻止された。
蓮夜は振り返らず、足だけを止めた。
「…折原臨也には、気をつけなさい」
その声はまるで子供をあやすかの様に、柔らかく。
「蓮夜と彼が幼馴染みなのは知っている。一切関係を持つなとは言わない。ただ…気をつけなさい」
蓮夜に語りかける目は、母親の様に優しかった。
四木の言葉から、何かを読み取った蓮夜は自嘲めいた笑みを零した。
――…も、遅いよ。
「素直に頷ける程、私は綺麗じゃなくなった」
蓮夜はガチャリ、と扉に手をかけた。
「でも一応、心に留めておく…。――…しき兄」
「………………!」
バタン、と扉が蓮夜の後ろ姿を隠す様に閉まった。四木はしばらくその扉を見詰め、近くにあったソファーに力が抜けた様に座った。
――…まだ、私を兄と呼んでくれるのか
「しき兄!しき兄!あーそぼ!」
幼ない頃の記憶が少しだけ、フラッシュバックする。
――…いつから蓮夜は笑わなくなった?いつから蓮夜を笑わせてやれなくなった?
――…俺は…何も知らない
――…なぁ、蓮夜…
「あの日、俺が逃げなかったら、蓮夜……お前はまだ笑えてたのか…?」
譫言の様に呟かれた言葉は、煙草臭い部屋に溶けて無くなった。
まるで最初から、何も無かったかの様に。
20100821.林田