「朝、食べてく?」
「んー食べたい所だけどいいや」
「仕事?」
「ん」
「そ、いってらっしゃい」
「いってきます」
蓮夜はふわり、と臨也にしか見せない笑顔を見せてマンションの廊下を歩いて行った。
バタン、と扉を閉めた臨也は両手を頭上に上げ、体を伸ばすとリビングに戻った。
リビングで先程の蓮夜と臨也の会話を聞いていた波江は、思慮にふけていた。
――…どこからどう聞いても恋人の朝の会話よね…
そんな波江を見た臨也は一つ欠伸をすると、自分の仕事用デスクの椅子に腰掛け、パソコンのパワーボタンを押して、口を開いた。
「彼女、本当に貴方の彼女じゃないの?とかって聞きたげな顔だね」
「あら、読まれてたのね」
素敵で無敵な情報屋さんだからね、と言い喉の奥で笑った臨也は長い指でキーボードを叩く。
「蓮夜はただの幼なじみ…あぁいや、彼女がアカガミという存在の時点で『ただ』のではないのかもしれないけど。ま、幼なじみだよ」
臨也は少し目を細めて、紙だらけの机の上にある、唯一紙以外の物を見詰めた。慈しむような、優しさを孕んだ目で。
「あぁそういえば彼女、あのアカガミなのよね?」
「意外だったでしょ?」
「ええ、少なくともあんなに若くて華奢な女の子だとは思わなかったわ」
「少し歳のいった、ごつい男だと思った?」
「御名答。…あんな体つきでよく『アカガミ』が出来るわね」
波江はよく耳にする数々のアカガミの悪行を思い浮かべていた。一方臨也は、はははっと声を出して笑い出した。
「違うよ、波江。あんな体つきだから出来るんだよ」
「…?よく解らないわね」
「世の中の人間の大半が、『アカガミ』は男だと思っている。ま、仕方ないね…あんな殺し方とかしてるし。あぁ、話が逸れたね。大半の人間が『アカガミ』は男だと思ってる。それは彼女を守る盾にもなるだろう?」
「固定観念によって真の『アカガミ』の解明を鈍らせる、ね」
「当たり。で、華奢だと変装もしやすいし、脱出方法の選択肢も広がるって事」
「なる程ね…」
波江は自分には無い発想を聞き納得し、相槌を打った。
しかし波江には引っ掛かる事が後一つあった。
「でも…殺しは大変じゃない?」
これには臨也も同意するであろうと思った波江の考えは、又もや綺麗に打ち砕けた。
「はははは!まさか!」
臨也は先程よりも声高らかに笑った。
「殺しは、彼女が一番得意としてる物だよ」
「ひっ…ホントに…か、勘弁してくれ…金、金ならほほほら!」
ガタガタと青ざめた顔で震える男に、ガチャリと銃口を向けるのは、蓮夜。
青ざめた男の前でも、彼女は笑う。笑うのだ。しかも、極上の笑みで。
「Bye-bye Baby」
パシュン、という音が響く。どしゃりと崩れた男の体。しばらくして男の体に纏わり付く赤い液体達。
「Have a good dream...」
その赤を赤い瞳で見つめ、蓮夜―――……『アカガミ』は囁く。
その鉄臭い赤を、慈しむ様に。
20100820.林田