――…臨也、どこ…?
蓮夜は新羅のマンションから飛び出した後、臨也のマンションへ向かう道をひたすらに走っていた。
肩の痛み、そんな事は気にしていない――否、気付いていない様だった。
蓮夜の目には今、臨也しか映らない。
――…どこ行っちゃったの…っ
蓮夜は、じわりと視界が滲むのを感じた。ぼやける視界を手の平で拭い、前を向いた瞬間、前の方に見えた探していた背中。
蓮夜はその背中に向かい、力の限り叫んだ。
「臨也ぁっ―――…!」
その叫びが聞こえたのか、その背中は歩みを止めた。蓮夜はすぐにその背中に向かって駆け出した。
「っは…、臨也…」
背中のすぐ後ろで喋るも、臨也は蓮夜を振り返らない。蓮夜は言葉を続けた。
「私…、馬鹿だから臨也の言う事、わかんなくて…っ、でも臨也が居なくなるのは嫌で…っ」
蓮夜の視界がまたぼやける。臨也はその言葉を聞き、溜息をついた。そして、蓮夜の方に振り返った。
「…取り敢えず、俺の家に行くよ。撃たれたって事は狙われてるんだから」
そう投げやりに吐き出すと、臨也はぐい、と親指で蓮夜の目尻を拭った。そして、蓮夜の手を取り、早足で歩いた。蓮夜の視界は、もう滲まなかった。
――…バタン、
「………―――わ…!」
臨也の部屋に入った瞬間、蓮夜は臨也にきつく抱きしめられた。どうしたのか、と臨也に聞こうかと思ったが、止めた。何故なら臨也の体が小さく震えていたからだ。
「どうして…、撃たれただけだなんて言ったの…」
臨也は包帯が巻かれた蓮夜の肩をそっ、と撫でた。
「へたしたら死んでたかもしれないのに、どうして…、『だけ』だなんて言ったの」
臨也の声と、時計が時間を刻む音だけが、部屋に響いていた。
「どれだけ、蓮夜が大事だと思ってるの…」
「っ、」
部屋がぐにゃりと歪んだ。歪んだのは、蓮夜の視界なのだが。
「蓮夜が『だけ』だと思ってる事は、俺にとっては『だけ』じゃない……。俺は蓮夜が肩に包帯巻いてるのを見た瞬間、」
臨也の手が、優しく、優しく蓮夜の頭を撫でた。
「心臓が、止まるかと思った」
蓮夜の目から、生暖かいものが零れた。
「もう無理するな、馬鹿…」
「ごめ、なさ………っ」
「馬鹿蓮夜」
「、……ごめん、…っ」
それからしばらく経ち、泣き疲れた蓮夜をベッドに寝かせながら、臨也は一人自嘲めいた笑みを零した。
――…虫酸が、走るな
もちろん、蓮夜にではない。自分自身、つまり臨也自身に対してだ。
――…心配したと本心で言っていても、蓮夜にこの仕事を止めさせてやる事は出来ないくせに
さらり、と蓮夜の髪を撫でる。
――…蓮夜は強い。そして脆い。そろそろ闇から手を引かせないと、手遅れになるのは分かってる…頭では分かってるんだ
愛くるしい寝顔で眠る彼女を見て、臨也は今日一番の苦しそうな顔を見せた。
――…ごめん、は俺だよ…蓮夜
20101006.林田