薔薇色の研究 | ナノ



ローズフェスティバル2019投稿文





そんなに見つめられては指先から減るどころか焼け焦げて仕舞いますねェ、などとのたまう江戸川の表情は飄々、一見両指を組んだように見える手許に視線を落としておそらく何事かを準備、ないし、企てて、いる。夕食の後少々お時間頂戴出来ますでしょうか、曖昧ながらも有無など言わせるものかと強く感じさせる声音と笑顔に坂口は渋々、食堂が無人になった頃合いなら、そう応え、今宵のひと時を江戸川に委ねると相成った。

江戸川の掌の中には彼が平生嵌めている白手袋が籠められているはず、事実坂口は江戸川がゆるうりと勿体つけて右手から手袋を外したのを視認している。あの手袋を坂口が外す夜はこれまで幾度かあった。それ、が今のところ坂口が示す応の意、そこから江戸川が坂口の眼鏡を、坂口が江戸川の片眼鏡を――そういった具合に宵に酔いを始め続けていたからか、この時間帯に二人きり、しかし江戸川は自身の手で手袋を外して両手の中へ丸め込んで仕舞った、坂口の機嫌はあまりよろしくない方向へと曲がり始めている。江戸川がそれを察していることまでも承知の上で。

サテそろそろワタクシが何を企んでいるか訊いて戴いても? 真正面からようよう向き直った視線だったが、食堂にて訊いて以来の応答を強いる問いが坂口に投げ掛けられたのみであった。随分と肩透かしを食らわせてくれるじゃねえか、正直腹立ってたんだがこゝまで来ると面白えよ、口許のみ笑んだ坂口は江戸川の手許をきっ、と睨む。手袋を捏ねていた白い指はぴたり、止まっていた。

何だよ、とっておきの手品でも見せてくれるって? オヤ残念半分ほどご名答。妙な言い回しするんじゃねえよ、たゞでさえ日本語の形が壊されかけてるこの御世で――鳩でも出すその意味を答えろってか。鳩さんは出しませんがマアそんなところです。言って江戸川は手袋が変化したのだろう何かを包んだ両の手を坂口の前へ、坂口が触れようと手を伸ばせば取り上げるふうに引っ込めて、坂口の顔を覗き込んだ。

手品師の小手先といえば、鳩さん、トランプ、あと一つは何だと思います? 箱に閉じ込めたエロい姉ちゃん剣でメッタ刺しにするやつ。……今少し浪漫持ちましょう? エロい姉ちゃんも浪漫だろ、でも違うんならそうだな、こないだテレビで見た円柱被った頭が三六〇度ぐるんぐるん回るあれ。ワタクシも拝見しました、確かに斬新な着眼点の仕掛けではありましたが、坂口さん、本音おっしゃるの不得手ですよねェ。――解ったよ、花、か。顔を逸らしてようやく正答を口にする。これでもう先が見えた、江戸川はこれから自分より幾分華奢な白い手から、あの手袋を花へと形を変えて眼前に差し出し、うすら寒くも悪くはない科白を吐いてみせるのだろう。こういったことを平然とやってのけるのがこの男だ――酔った宵の暗幕の許、囁かれた言葉はすでに数え切れぬほど坂口の記憶にしっかりと残って仕舞っている。思い出すだに羞恥に塗れた悦に入ることしばしば、さりとてこればかりは江戸川に見抜かれてはかなわぬ。坂口をそうさせて仕舞う新たな科白をこれから吐くとされゝば、思わず身構えるもやむを得ない。対して江戸川はそう緊張なさらずとも、笑い含みに、改めて両手を差し出した。

ではそろそろ始めましょう――坂口さん、ワタクシから花を一輪渡されるとしたら何色がよろしいでしょう? おいおい選べるのかよ、さすが他の追随を許さないエンターテイナー。褒めるおつもりないお言葉恐縮です、アナタのお好きな色を思い浮かべてください。思い浮かべるだけでいゝのか? お決まりでしたらコチラの紙に記してワタクシに見えぬよう裏返して置いてください。成程、ちなみに花の種類は――薔薇あたりか? さてさて。あゝこれは決まりだな薔薇だ、俺だって多少はアンタの思考が読めるようにはなったんだ。そこまで言われて仕舞えば認めざるを得ませんねェ、でもマア口説くに常套の花でしょう、お気に召しませんで? ……そこまで性格悪くねえよ俺は、思い浮かべた色は好きな色か、それともアンタから貰ったら俺が喜ぶ色か? オヤ喜んで戴ける、いずれにしろ如何様にも。で、紙に書く、と。――そこで坂口の頭にふと妙案がちらついた。

あー、ペンは持ってる、紙の代わりに俺の掌に書いておくってのはどうだ。そうですね構いません、ゆめゆめワタクシの目に映されないよう。はいはい。返事をして坂口はポケットの中身をばら撒き、うち一本ペンを手に取った。サテ坂口さんは果たして花言葉に明るいお方なのでしょうか、お召し物は黒と青の基調が多いですねェ、アヽ白地の着流しもございましたか、ご友人の召しておいでの色を選ばれたとしたら珍しく悋気を起こすワタクシをお目にかけることが出来るかと。江戸川の揺さ振りを小気味好く笑いながら、坂口は時間をかけてゆっくりと左手の平に文字を綴る。書き終わり、暫時己が眼前に近づけて眺めてから坂口は、左手を握り込んだ。

書けました? ああ、書けたし賭けた。オヤそれはまた興味深い、そういえばアナタ賭けお好きでしたねェ。配当金代わりに何貰ってやるかまで決めてあるぜ、そっちの勝算はどんな具合だ? 少々風向きが変わりましたがマアいい線行くかと自負してございます、一本取られた、と思わせたほうが勝ちということで。よし、じゃあ一丁お手並み拝見してやるよ。ではお言葉に甘えて、さあさあお立合いとくとご覧あれ。江戸川はずっと握り込んでいた手を――坂口の目の高さまで持ち上げた。

甘い匂いを漂わせ花開いた薔薇一輪――色は、曇りなき白。

正解は、薔薇色でございます。……あ、はあ? 一瞬呆けた坂口を得たりと笑みながら、黒だと思いました、などと問う。

万物に宿る色彩というものはなべて白色が光を反射することで生まれるとのこと、というわけで、アナタが何色を選ぼうがワタクシはすべての色を披露出来ることがあらかじめ決まっていたのですよ。……詭弁に極論がすぎる、だからアンタは嫌なんだ。ふい、坂口は拗ねた幼子のように顰めた顔を背ける。江戸川は悪戯を仕掛けた悪童がごとく笑った。

恥ずかしながらワタクシ花言葉に関してはとんと無知でして、しかし失礼ながら坂口さんもその手合いなのではと。決めつけるんじゃねえよ、俺はこう見えて結構面倒臭えタイプのロマンチストだ。おっとそれは失礼、ですがマアそういうわけで、坂口さんは花言葉になぞらえて薔薇を想わないと判断いたしまして――色そのものゝ意味合いやアナタの趣向、ワタクシに対する態度等々熟考した結果、漆黒の堕落者を裏切るにはこれだとしたわけでございます。……確かに、薔薇色とは畏れ入った、ラ・ヴィ・アン・ローズ……薔薇色の人生、か。然様でございます――と、いうわけで。江戸川が身を乗り出し、顔を坂口に近づけた。思わずのけ反る坂口だが、構わず江戸川は笑んで薔薇色の薔薇を差し出した。

ワタクシとゝもに、薔薇色の人生を生きて戴けませんか?

その間十数秒、坂口の表情は忙しなく変化した。呆気に取られたかと思えば赤面、さらに悔しそうに眉間に皺を刻み、最終的に――ふん、鼻で笑った。当然江戸川は予想だにしなかった反応に平静を保ちつゝも狼狽は隠し切れず、坂口の顔色を窺う。

今のは聞かなかったことにしてやる、こいつは貰っとくがな。……エー、色々と外しました? 答えそのものは俺が外した、が、アンタは俺を見くびったな。そ、んなつもりは毛頭。どうだかな、どうせ白だけはねえって思いながらあえてそんな理屈つけて白選んだんだろ、何色にも染まらねえなんてされてる黒あたりを選ぶ、と見せかけて捻くれた俺は違う色を書くってな――手袋をどうやって薔薇にしたかは見破れねえから、評価はしてやるよ。……それで、坂口さんの答えは。

坂口は江戸川から薔薇を取り上げ、片耳と眼鏡の蔓の間に挟んでみせる。よ、く……お似合いで。不可解が渦巻いている江戸川の前から席を立ち、ずっと握っていた掌を開いた。途端、え、心底驚いたというふうに江戸川が声を漏らす。それを確認して、去り際坂口は江戸川の耳に唇を寄せて囁いた。互いのごく近い距離の間、薔薇の匂いが甘く漂う。

ペンは水性だ、アンタの答えはベッドで聞いてやる。

掌の印字――さっさと手袋返して口説け。

アナタこそ何だって好かったんじゃないですか、江戸川がようやくひとりごちた頃にはすでに、坂口の姿はなかった。だが、構わない。坂口がどこに向かうかは、もう解っているのだ。

×
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -