警部:まさかこうなるとは予測出来なかった。酷い犠牲者を出したな。 司書:俺だってあそこ迄暴れるとは思わなかったんだよ。罪滅ぼしにもならんだろうが、死んだ文士共も動物も毎日弔ってる。 警部:殺された文豪は全員転生出来たのか? 司書:あゝ。洋墨も栞も火の車だよ。 警部:――様子は? 司書:勿論、憶えておらん。識らん、と云った方が正しいな。 警部:其の……坂口安吾、で合ってゐるか? 彼を転生させる気はないんだろうな? 司書:当然だ、自分を殺した奴と生活なんて出来ないだろ。太宰と志賀の軋轢なんて可愛いもんだ。……文壇の一部を守れなかったのは悔しい限りだが、そもそもの原因は無茶した織田の所為だし、更にそうさせた侵蝕者が一番の害悪だ。『除かなければならぬと決意した』、って寸法だよ。 警部:……まさか織田作之助が愚策を取ったのは、太宰を守った為か? 司書:俺としてはそうであって欲しいと思ってゐる。先に死んだ者からすれば、自ら生命の糸を切った等許せないだろ。其処迄追い詰められてゐた友を守れなかった自分自身もな。 警部:惨めになる迄生き抜けということか。復讐、とも取れるな。 司書:何はともあれ、無頼派三羽烏は織田作之助、太宰治、檀一雄の三人になったんだ。三人目の情報を引き続き探るよう特高の奴等に伝えておいて呉れ。 警部:あゝ、解ってゐる。……然し如何して文鳥という形を取ったのかが未だに解らんのだが。 司書:何、そっくりぢゃないか。前にあんたが云った通り生きる世界の中ではか弱いが、相手を問わず喧嘩っ早い。其れに、 警部:何だ。 司書:文鳥は日本人が一番愛する米、田園を荒らす害鳥だ。鴉なんかよりずっと質が悪いのだぞ? 此処最近の織田作之助は人並みに睡眠時間の確保が出来るようになってゐた。其れというのも、目覚まし時計代りとばかりに甲高いが決して耳障りではない啼き声が、窓際から朝を歌うが故である。はいはい今起きますよ、乾いた喉の奥から童をあやすような、或いは何かと世話を焼く振りをして噂の種を探す近所の年増のような、兎に角愉しくも飽く迄面倒臭い、という態度を露に織田は床を抜け出した。 窓辺は至極平穏である。其の手前、吊るされた小さな檻に目をくれた織田は、今日も元気で何よりや、快活に笑った。特務司書に唐突に押しつけられた格好の此の鳥は存外今の状況に順応してゐるらしく、ぴッ、ぴい、短く啼いて朗々と歌った。歌此れ即ち愛の囀り、巧ければ巧い程に好意を寄せられるとのことで、あらあら偉う伊達男やないの、罪な男やなあワシには敵わんやろけど――窓を半分開けてから、食事を用意するべく檻のような籠の小窓も開け、食事の入れ替えを始める。 川端康成に依ると、此の姿は 此の頬黒文鳥は織田が識る鳥の特徴と較ぶれば然程も奔放ではなかった。籠の外に出しても大体は織田の肩や頭の上に乗ってゐるし、掌の中で眠ることもある。徳富蘆花のトヽが如く潜書に連れゆくことは出来ないが、此処で待って居ろと云えば小鳥らしからず厳命するし、空を飛ぶ許可を与えない限りは自ら羽搏くこともない。 何故此処迄織田に懐くのかは織田自身解ってゐない。たゞ、織田程ではないが気を許してゐる太宰治は此の鳥に就いて何等かを識ってゐるらしく、「其れをお前に任せた理由は一応識ってる。が、教えられない。墓場迄持ってかなきゃなんだよ。」と笑われた。其の笑みが何処か、何かを懐かしむ哀しそうに見え、且つ何も訊いて呉れるなと主張するのが引っ掛った。因みに文鳥に『安吾』と名づけたのも太宰である。由来訊ねれど矢張り此れも教えては呉れない。だが、又しても何故か織田は『安吾』という名が耳に心地好く、当事者である文鳥も『安吾』と呼べば返事をするように高く啼く。こういう守らなあかん存在があると死ぬに死ねん、無茶も出来んわな、織田が太宰に云うと、「そうだろ? 其れが俺達の魂胆の一部なんだよ。」とだけ教えて呉れた。――俺達、というのが太宰と誰なのか、此れまた幾ら訊いても答えは貰えなかった。 「たかゞ文鳥されど文鳥、巧く飼わねば痛い目見るぞ?」――そう特務司書にも念を押されてゐる。鴉のような羽毛を撫でてから、さあ今日も気張ってこうか無茶働かん程度に、そう云って――或いは己に云い聞かせ、更には『安吾』にも云い聞かせ、鳥籠の中の止まり木へ乗せて、籠の戸を閉めた。 三羽烏の集結、そして終結は、まだまだ遠い――例えば其れを世界は、永久と云う。 | |